花山天文台絵はがきのご紹介

花山星空ネットワークでは、花山天文台の四季折々の風景や天体写真などをテーマにした絵はがきを作り、販売を行なっています。写真をクリックすると、拡大された写真が表示されます。

絵はがき解説文のPDF版も作成しました。絵はがきの宣伝にご活用下さい。

(A) 花山天文台の四季 (5枚組)

春の本館

春の本館

銀色のドームを頂く本館は、花山天文台の象徴ともいうべき建物である。建築家 故大倉三郎氏(元京都工芸繊維大学学長)が京都帝国大学営繕課勤務時代に設計した。現在本館内には、国内で屈折望遠鏡としては3番目の口径を持つ45cm屈折望遠鏡が設置されている。(なお、一番目は飛騨天文台の65cm屈折望遠鏡と国立天文台の65cm屈折望遠鏡)また、本館には図書室があり、しばしば講演会場としても使われている。初代天文台長山本一清はここを拠点として、天文好きの市民を集め、天文学の普及を熱心に行った。そのお陰もあり、日本のアマチュア天文学は世界のトップレベルとなる。花山天文台が“アマチュア天文学の聖地”と呼ばれる所以である。

夏の本館

夏の本館

花山天文台本館の姿は、山科区内のあちこちから見え、市民から親しまれている。東海道新幹線の車内からも本館ドームがよく見える。他に、本館が見える場所の一例は、左京区天王町交差点付近、京大理学部宇宙物理学教室屋上、名神高速道路京都南インター付近、八幡市旧国道一号線、宇治市など。 京都の歴史的建造物を紹介したガイドブック「近代建築散歩-京都・大阪・神戸編」(宮本和義、アトリエM5編 2007年小学館刊)には、花山天文台の本館と旧子午線館が近代建築(明治初年頃–昭和30年頃までに設計・竣工された建築物)として取り上げられている。

秋の本館

秋の本館

晩秋には本館前のもみじが鮮やかに色づく。  本館前の広場には二等三角点が設置されており、しばしば測量の目的で活用されている。また、花山天文台構内にはもう一つの基準点が存在している。京都市内に4箇所ある菱形基線測点のうち一つが、太陽館前に据えられている。なお、花山天文台本館は、海抜221メートル 花山山山頂に建っている。

冬の本館

冬の本館

花山では年に数回雪が積もり、天文台の建物も雪化粧する。鏡磨きの伝説的名人、中村要もかつてはこの本館地下で、望遠鏡用の鏡を研磨する作業に昼夜没頭した。宮本正太郎は、本館の望遠鏡(当初は、30cm屈折望遠鏡だった)を使って、1956年から20年間火星の表面大気の変化を観測し、微細な変化をスケッチに記録した。後に、火星の偏東風を発見し、火星気象学という新たな分野がこの望遠鏡によって開拓された。

春の別館

春の別館

別館は、本館、歴史館(旧子午線館)と共に花山天文台創立以来の建物である。別館に設置されている口径18cmの屈折望遠鏡は、太陽観測望遠鏡として、晴天時には常時観測に用いられている。花山天文台では、定常観測を行っている唯一の望遠鏡である。この望遠鏡は、1910年にハレー彗星観測用として、京都帝国大学(当時)が導入したものであり、現役日本最古の屈折望遠鏡である。

(B) 花山天文台 (5枚組)

歴史館(手前)と本館(奥)

歴史館(手前)と本館(奥)

銀色のドームを頂く本館は、花山天文台の象徴ともいうべき建物である。建築家 故大倉三郎氏(元京都工芸繊維大学学長)が京都帝国大学営繕課勤務時代に設計した。現在本館内には、国内で屈折望遠鏡としては3番目の口径を持つ45cm屈折望遠鏡が設置されている。歴史館は、1929年花山天文台創設の際に子午線館として建てられ、本館、別館と共に設立当初から存在する貴重な建物である。10年程前、取り壊そうとしたところ、京大工学部助教授(当時)布野修司氏及び、建築家三谷克人氏より、「日本でも最古を争う木造平屋根の建物であり、建築理論上大きな意味を持つ建物であるので、ぜひ保存を」との要望を頂き、現在は歴史館として生まれ変わっている。 また、歌手 河島英五氏が1977年にリリースしたレコード「信望」のジャケット写真にも旧子午線館の写真が使われている。

太陽館

太陽館

手前に写っているのは、70cmシーロスタット鏡。シーロスタットとは、2枚の平面鏡を用いて天体の光を常に同じ場所に投射するように駆動する機構である。太陽館は、昭和36年(1961年)に完成し、シーロスタット(追尾部)の他に、凹面鏡をはじめとする望遠鏡部、回折格子を用いて太陽光を分光する分光装置があり、建物全体で“太陽分光望遠鏡”として機能している。なお、花山天文台のシーロスタットの口径は、国内では最大、回折格子の波長分解能は国内2番目である。シーロスタットは普段、小屋の中に格納されているが、観測の際は、小屋そのものが移動するしくみになっている。

別館

別館

別館は、本館、歴史館(旧子午線館)と共に花山天文台創立以来の建物である。別館に設置されている口径18cmの屈折望遠鏡は、太陽観測望遠鏡として、晴天時には常時観測に用いられている。花山天文台では、定常観測を行っている唯一の望遠鏡である。この望遠鏡は、1910年にハレー彗星観測用として、京都帝国大(当時)が導入したものであり、現役日本最古の屈折望遠鏡である。

新館

新館

太陽館の屋上からみた花山天文台の姿。手前にある瓦葺の建物が新館。昭和55年(1980年)に完成。 新館を中心に、高速ネットワークやサーバーが整備され、飛騨天文台や花山天文台で観測されたデータがインターネットを介して世界に配信されている。また、京大学部生や大学院生の研究用コンピュータなども整備されており、データ解析センターとして重要な役割を果たしている。宿泊施設も兼ね備えているため、外部からの研究者の生活拠点にもなる。

全景

全景

写っているのは、本館、別館、歴史館(旧子午線館)、新館、太陽館。(2002年撮影) 本館、別館、歴史館は1929年建造、現太陽館は1961年、新館は1980年に新設された。 太陽館の屋上からは山科が一望できる。太陽館屋上にある塔から望む夜景は“100万ドルの夜景”に匹敵するとささやかれ、2005年11月には映画「天使の卵」(監督 富樫森)のロケが行われた。主演男優 市原隼人と主演女優 小西真奈美がこの塔の上で映画のハイライトシーンを演じた。

(C) 花山天文台の風景 (6枚組)

日の出(別館)

日の出(別館)

手前に写っているのは、口径18cmの屈折望遠鏡。通称ザートリウス望遠鏡。架台がザートリウス社製なので、このように呼ばれるが、レンズはツァイス製である。1910年、ハレー彗星観測のために導入され、京大吉田キャンパス構内に設置されていたが、1929年花山天文台創立の際、別館ドームに移設された。現在でも晴天時は毎日、太陽観測望遠鏡として活躍しており、現役の望遠鏡としては日本最古を誇る。2001年4月10日にこの望遠鏡で観測された最大級(X線強度の分類でXクラス)のフレアについては、大学院生の学位論文として特に詳しく解析され、学会発表の折には「100年近く前の望遠鏡を使った最先端の研究」として話題になった。

別館から大阪を望む

別館から大阪を望む

透明度の高い日には花山天文台から大阪駅前のビル街が見通せる。“連結超高層ビル 梅田スカイビル”の独特のシルエットも確認できる。右手に見える山が天王山、左手には鴨川も写っている。

本館45cm屈折望遠鏡

本館45cm屈折望遠鏡

1929年花山天文台創立当初、ここには30cm屈折望遠鏡があったが、1969年にツァイス製45cm屈折望遠鏡に更新された。但し、架台は当初のままである。元々本館ドームの大きさは、30cm屈折望遠鏡用に設計されていたが、45cmレンズでは焦点距離がドーム内に収まらないため、光路の途中に平面鏡が入れられ、結果、極めて珍しい光学系を持つ望遠鏡となった。観測スタイルも、架台のてっぺんまで上って接眼部を覗くというユニークなものである。屈折望遠鏡の口径としては日本で3番目に大きなものである。(なお、国内最大口径は飛騨天文台の65cm屈折望遠鏡と国立天文台の65cm屈折望遠鏡。)追尾の動力源は、電力ではなく、駆動力が常に不変な重力を使っており、ハト時計と同じ原理で一定の速さの追尾を行っている。(停電時でも追尾ができる!)宮本正太郎は、本館の望遠鏡(当初は、30cm屈折望遠鏡だった)を使って、1956年から20年間火星の表面大気の変化を観測し、微細な変化をスケッチに記録した。後に、火星の偏東風を発見し、火星気象学という新たな分野がここから開拓された。

太陽館スペクトル

太陽館スペクトル

太陽館内の分光器室内に投影された太陽スペクトル。真ん中に写っている円形の鏡は、回折格子(グレーチング)に光を送るための反射鏡。壁に投影されるスペクトルの長さは、約5–6m。(一次光)。元来、スペクトルは別室からカメラで観測するが、分光器室内では、壁いっぱいにスペクトル像が投影されている。スペクトルが写真のようにこれだけはっきりきれいに見えるには、快晴でなければならないため、貴重な資料写真といえよう。但し、分光器室内は通常立ち入り禁止で、公開されるのは限られた時だけである。

太陽館シーロスタット望遠鏡

太陽館シーロスタット望遠鏡

シーロスタットとは、2枚の平面鏡を用いて天体の光を常に同じ場所に投射するように駆動する機構である。太陽館は、昭和36年(1961年)に完成し、シーロスタット(追尾部)の他に、凹面鏡をはじめとする望遠鏡部、回折格子を用いて太陽光を分光する分光装置があり、建物全体で“太陽分光望遠鏡”として機能している。なお、花山天文台のシーロスタットの口径は、国内では最大、回折格子の波長分解能は国内2番目である。シーロスタットは普段、小屋の中に格納されているが、観測の際は、小屋そのものが移動するしくみになっている。鏡は1–2年に一度、飛騨天文台にてアルミ蒸着のめっき処理が施され、鏡表面が良い状態を保てるように定期的にメンテナンスされている。

山科の夜景

山科の夜景

新館から見た山科の夜景。手前に写っているのは、太陽館の屋上部分。 太陽館屋上にある塔から望む夜景は“100万ドルの夜景”に匹敵するとささやかれ、2005年11月には映画「天使の卵」(監督 富樫森)のロケが行われた。主演男優 市原隼人と主演女優 小西真奈美がこの塔の上で映画のハイライトシーンを演じた。

(D) 花山天文台天体写真 (7枚組)

第三代花山天文台長 宮本正太郎博士 火星観測スケッチ

第三代花山天文台長 宮本正太郎博士 火星観測スケッチ

1956年9月30日花山天文台クック30センチ屈折望遠鏡にて観測

宮本正太郎(1912–1992) 元京都大学理学部教授、元花山天文台台長

宮本正太郎は、コロナの温度が100万度であることを世界で初めて正確に求めたことで知られる。また、月、惑星の観測的、理論的研究にもすぐれた研究者であった。1956年から20年にわたって火星の表面大気の変化を観測し、眼視でとらえた微細な変化をスケッチに記録した。この連続スケッチの蓄積が、後に、火星の偏東風発見という大きな研究成果を生み出すこととなった。探査機の画像をもとに、NASAが1979年に出版した火星の地図にも宮本らの地上観測の成果が役立っており、その論文が参考文献としてあげられている。

アンドロメダ銀河

アンドロメダ銀河

1924年1月5日京大天文台ブラッシャー25センチ反射望遠鏡にて中村要氏撮影

中村要(1904–1932) 元花山天文台助手

中村要は、大正から昭和初期にかけて活躍した反射望遠鏡製作の名人で、彼の作った反射鏡は“中村鏡”として、現在に至るまで天文愛好家に珍重されている。また、京都大学天文台に入り亡くなるまでの10年あまりの間に、火星観測、彗星および小惑星の発見などにおいて、海外の研究者からも評価される研究実績を残し、かつ日本で反射望遠鏡研磨の草分けとしてその研究に挑戦しその成果を広く公開した。花山天文台がアマチュア天文学の聖地となる礎を築いた伝説の名人である。(参考:冨田良雄・久保田諄著「中村要と反射望遠鏡」かもがわ出版、2000年)乾板の記録によると、この写真の露出時間は約2時間であるが、シャッターを開ける2分前にも別のカメラでM31の撮影を開始しており、約1時間は2台のカメラを往復しつつ撮影されたものであることが推測される。 厳冬期にも関わらず、長時間、天体が精確に追尾されていることからも、彼の卓越した技術、天体撮影への熱意を垣間見ることができる。

オリオン大星雲

オリオン大星雲

1930年2月20日花山天文台5センチレンズにて中村要氏撮影

月の北縁に沈む火星(火星食)

月の北縁に沈む火星(火星食)

1941年11月2日花山天文台クック30センチ屈折望遠鏡にて藤波重次氏撮影

藤波重次(1915–1979) 元京都大学助教授、元京都工芸繊維大学教授

藤波重次は、高度な写真技術と天体観測に関する知見を持った研究者であり、その普及にも尽力した。「反射望遠寫眞機論」(桑名文星堂 1943)、「写真技術」(共立出版 1953)、「高等写真技術」(共立出版 1956)、「小型カメラによる天体写真」(共立出版 1964)など多数の著書がある。日本天文学会の理事も務めた。

月面(晴れの海(左)、静かの海(右))

月面(晴れの海(左)、静かの海(右))

1963年8月27日花山天文台60センチ反射鏡にて撮影。NASAの月面地図作り国際共同観測の一環。

アポロ月面着陸の最適地点を決定するために、アメリカ航空宇宙局(NASA)から月面の詳細観測の依頼があり、花山天文台では、1962年からピック・デュ・ミディ天文台(仏)、マンチェスター大学(英)と共に、月面地図(100万分の1)の基礎資料となる写真観測が行われた。その協力に感謝して、NASAからはアームストロング船長の月面第一歩をデザインした灰皿が宮本正太郎氏に贈呈された。また花山天文台では、月の地殻構造や成因の研究も行われ、独自の仮説も提唱された。1970年代になり火星や水星の地形データが得られると、月の研究で得た知識を火星や水星の地形に応用し、惑星研究へと発展していった。

太陽彩層のHα像

太陽彩層のHα像

巨大フィラメントが見える。 2004年1月19日 花山天文台 ザートリウス18センチ屈折望遠鏡にて撮影

太陽表面(光球)と外側のコロナとの間には彩層と呼ばれる数千度–一万度の薄い大気層が存在し、水素のHα線で見ると、磁力線を表す模様やダークフィラメントと呼ばれる筋模様が見える。ダークフィラメントの正体は、磁場の力で浮いているプラズマの雲で、太陽の縁に現れると、プロミネンスとして観察される。この写真では、2004年に太陽面上に現れた全長約100万kmにも及ぶ大フィラメントが捉えられている。(鴨部撮影)

太陽フレア(GOESクラスX2.5)

太陽フレア(GOESクラスX2.5)

2004年11月10日花山天文台ザートリウス18センチ屈折望遠鏡にて撮影

太陽フレアとは、太陽大気中で起こる爆発現象のことで、Hα線では明るい領域として観測される。写真は、2004年に起こった最大級(X線の強度による分類ではXクラスと呼ぶ)のフレアの様子である。時間と共に明るいリボン状の領域が形成される過程が捉えられているが、このようなフレアはツーリボンフレアと呼ばれる。フレアは黒点の近くに蓄えられた磁気エネルギーをエネルギー源としており、二筋の明るい領域は、磁場のN極とS極に相当する。このフレア発生中、たまたま米国ミシガン大学のJ.Kozyra博士が宇宙天気の国際共同研究の相談のために、花山天文台の柴田一成台長を訪問中であり、二人は幸運にもリアルタイムで、このXクラスフレアを観測することができた。ともに、生涯で初めてのXクラスフレアのリアルタイム観測(観望)であった。宇宙天気談義が盛り上がったのは言うまでもない。(二人は当時、国際CAWSESプロジェクトのSpace Weather Themeのco-chairを務めていた関係で花山天文台で会合した。なお、Hα写真は鴨部提供)

「太陽彩層のHα像」と「太陽フレア(GOESクラスX2.5)」は共に、1910年に京都帝国大学(当時)に導入されたザートリウス屈折赤道儀によって観測されたものである。この望遠鏡は2009年現在なお活躍し、我が国で現役最古参の望遠鏡といえる。花山天文台では、先人達の歴史の上に、今なお科学上の貴重なデータが蓄積され、歴史を刻み続けている。

購入のご案内

お申し込み方法

下記の連絡先にはがき又はメールで、お名前、ご住所、ご希望の絵はがきのセット、数量をご連絡下さい。メールでのお申し込みの場合、件名を「絵はがき申込」としてください。購入申込確認書と代金の振込用紙を郵送いたします。代金振込の確認後、絵はがきをお送りします。

  • 〒607-8471 京都市山科区北花山大峰町 花山天文台内 NPO法人 花山星空ネットワーク事務局
  • hosizora@kwasan.kyoto-u.ac.jp

また、花山天体観望会や講演会のときにも販売しています。

お値段

別途送料がかかります。

  • (A) 花山天文台の四季 1セット(5枚組) 250円
  • (B) 花山天文台 1セット(5枚組) 250円
  • (C) 花山天文台の風景 1セット(6枚組) 250円
  • (D) 花山天文台天体写真 1セット(7枚組) 700円

この絵はがきの収益は天体観望会をはじめとする自然科学の普及活動に役立っています。