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(3) 大シルティス海に於けるブルークリアリング現象に 対する赤道氷晶雲帯の影響について (修士論文要旨)

火星の気候変動は日変化、季節変化、年次変化と多様なタイムスケールを 持っています。 近年では、その気候変動における中核的役割を果たすものとして氷晶雲が 注目されています。 氷晶雲の活動を示すものとして、特に重要なのは南北極冠と赤道帯に 発生する雲の帯です。 これは朝雲が日変化の中で完全には消滅せず夕雲まで到達してしまう ことによるものであるという可能性が、筆者の発表した1999年の 地上観測の予備的な解析結果報告を含むいくつかの文献で示されています。 赤道氷晶雲帯の性質や構造に関する研究は単にそれ自身の理解を 深めるためだけでなく、グローバルな気候の変動を理解する上で 非常に有意義です。

筆者は1982年の観測報告に基づいて、ブルークリアリング現象は (1)衝付近で地表面の反射能が著しく増大する現象=衝効果 (2)赤道帯に発生する氷晶雲帯による地表面のコントラストの 増幅効果=クラウドエフェクト(「雲効果」) という2つの成因によって起こるという仮説を提唱しています。

本論文で解析に用いた観測データは、1997年春に飛騨天文台で、 1999年にアリゾナ大学附属スチュワード天文台でそれぞれ取得し た計5日間の画像データです。

本論文で注目する大シルティス海は赤色光では暗い模様として観測されます。 この両側の明るい領域との青色光でのコントラスト(ブルークリアリング度)を 計算し、その日変化を調べると、大シルティス海地方時の正午付近で ブルークリアリング現象が最も顕著であるという傾向が得られました。 一方、筆者の研究グループが独自に開発した輻射輸達計算プログラムを 用いて各地点の雲の光学的深さを算出し、その日変化を調べました。 この日変化曲線から、氷晶雲帯の光学的深さが日変化を示すこと、 特に大シルティス海上空の雲の光学的深さが特徴的な変化を示すことが 明らかになりました。 またコントラストの日変化曲線との比較から、雲帯の最も活発な 時刻は火星地方時で9時前後であることも特定出来ました。

また明暗2領域の光学的深さの差と火星地方時の関係を調べ、 ブルークリアリング度の日変化と光学的深さの差の日変化は極めて 強い相関を示していることを見い出しました。 これらの結果は、 青色光で輝く氷晶雲が上空に存在し、さらにその光学的 深さの日変化の幅が明暗2地域で差があることによって、 コントラストを増幅する効果が現れると解釈されます。 筆者の発見したこの効果「クラウドエフェクト」は 前述の仮説を強く支持します。

さらに、ブルークリアリング現象が観測される場合に明暗どちらの 地点の光学的深さが主要な役割を担っているのかを検証するため、 正のブルークリアリング度とその各時刻に於ける各地点上空の 雲帯の光学的深さについて各観測日毎に線形回帰分析を行い、 大シルティス海上空の雲の光学的深さがブルークリアリング度と 相関があるケースが多いという結論に至りました。

このように本論文で筆者は、 赤道氷晶雲帯の光学的深さの日変化とブルークリアリング度の 相関を示し、さらにブルークリアリング現象が最も頻繁に観測される 大シルティス海の特異性を示す結果を導き出しました。

(中串 孝志 記)


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