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(10) 太陽コロナの温度・密度構造について

-- 皆既日食観測より導かれる新たな描像 -- (博士学位論文より)

皆既日食は、かつてはコロナ観測の唯一の手段として絶大な意義を持っていました。 宇宙からの観測をはじめいろいろな手段が開発された現代では、日食観測の重要性 は相対的に低くなったことは否めません。しかし、上手に観測をして丁寧に解析する ことにより、他の手段を凌ぐほど重要なコロナに対する知見を与えてくれます。

日食観測の利点は、精度のよい観測を比較的安価に行うことができる点です。 特に、コロナ中に存在する鉄などのイオンの出す輝線(温度の指標)と可視域連続光 (全密度の指標)によるコロナ画像をほぼ同時に精度よく撮ることは、 莫大な予算を注ぎこんだ最新の観測手段を用いても、実現がなかなか困難です。 当論文は、1991年に京都大学のスタッフが、メキシコに遠征して観測した貴重な データをもとに、現代的な解析技術を駆使して、コロナの温度と密度の分布に 関して可能な限り信頼度の高い結果を得るよう努力したものです。 温度と全密度の情報は、コロナの物理状態を知るためには、互いに補い合う関係に あるので、両者を比較して総合的に判断することが必要です。そのための手法にも 工夫を凝らしました。

はじめに、コロナの基本構造はループであるという観点に立って、ループ構造に 注目した解析を行いました。ループ構造を強調する ために、OMC(Octodirectional Maxima of Convexities)というアルゴリズムを 利用しました(図1参照)。そこから得られる結果については、以前の年次報告で 詳しく述べたので割愛します。

次に、100万度と200万度を代表する輝線画像で同定できるループ構造に着目して、 電子密度を計算しました。 過去の文献によれば、100万度と200万度のループについては、低温のものが高温 のものより数倍高密度である(Hanaoka et al, 1988)、もしくは逆に高温のものが 高密である(Fort et al., 1973)、という相反する報告がなされてきましたが、 今回得られた結果は、両方ともほぼ同程度であるというものでした(図2)。 細かく見れば、100万度のループには、根元の部分が非常に高密度になっているもの があることに気づきますが、いずれにせよ、これまでの報告のような数倍もの差は ないことは明らかです。 観測データ、計算に使用したイオンの基礎データ、解析手法の点から 判断して、今回の結果が最も信頼度が高いと考えています。

さらに、解析した輝線ループの柱密度を同じ場所の連続光強度から得られる 全柱密度と比べてみると、両輝線で共通の傾向として、前者は後者の15%以下でしか ないことがわかります。つまり、ループが基本構造であると言われていますが、 ループ構造だけに注目していたのでは、コロナの支配的な成分を無視していること になります。 そこで、輝線の全強度を用いて、ループ以外のプラズマの全柱密度への寄与の 度合いを見積もる方法を考案し、例として東縁上の小領域を解析しました。 その結果、解析した領域の柱密度の殆どは 200万度のdifuseな成分 (ループの1/3程度の密度)によって占められ、100万度の成分は殆どループに 集中しているという、これまでより一歩踏み込んだ描像を得ることが できました。

(武田 秋 記)



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