10 Years Ago (63)
10 Years Ago (63) (Japanese)
- CMO #096 (10 November 1990) & #097 (25 November 1990) -

 火星は1990年十一月には「おうし座」にあって、20日に「最接近」を迎え視直径は18.1秒角に達した。北半球では南中高度の高い条件の良い接近だった。28日には「衝」となった。
 火星の暦は、十一月はじめにはδ=17.1"、Ls=326゚、φ=4゚S で、最接近日の20日には δ=18.1"、Ls=336゚、φ=8゚S だった。南半球では、秋分手前で南極冠の極小時期、北半球では、北極雲活動の最盛期を迎えていた。

 此の期間の十一月初めにはChryseからSolis Lにかけて局地的な黄雲が発生して、欧米で観測された。このときの状況はDon PARKER氏からのお便り(#096 p822〜二個所)に詳しく、カラー画像は『天文年鑑』1992年版の口絵に紹介されている。ほぼ一週間ほどで沈静化し、日本からこの地方が見える様になったときには、黄雲は観測されなかった。しかし、この辺りが日本から夕方に見え始めた頃に、Solis Lの南には白い夕靄が観測されていて、黄雲の影響がまだ残っていたようだと考えられた。黄雲活動後のSolis L周辺では、Aonius Sが濃く認められ、Phasisも認められるようになっていた。
 他に注目されたのは、北極雲の活発な活動で、M Acidaliumをバックに20 Octから23 Oct (321゚Ls)まで日毎変化する様子が模式図で示された (南氏、#096 p816)。また、Hellasの北西部からZea Lの西を南に奔る明帯が観測されているほか、Tharsis山系の昼前から明るくなるのが宮崎勲氏のB光写真で捉えられている。

 此の期間に観測を報告された方は、国内からは十六名にのぼった。約600の観測が集まり、南中高度が高く、視直径の大きくなった事もあいまって、かなりの詳細が捉えられている。
 海外からは、,Gérald TEICHERT(France、28cmSC)、Marc A GÈLINAS(Canada、15cm屈折)、Frank J MELILLO(USA、20cmSC)、John ROGERS(UK、25cm反射)の四名の方々から報告があった。MELILLO氏は、#097に四葉のスケッチでCMO初登場 された (今号 #237 LtE参照)。黄雲についても#097のLtEに記載がある。
 #096には十月後半に福井は気温が摂氏で一桁になっているようである (これに対して臺北は27℃ということがあるようである)。

 火星観測記事以外には、#096に「COMING 1990/1991 MARS (8)-見掛けの大きさや位相の変化(その2)」(浅田正氏)、「土星新白斑発見記」(伊舎堂弘氏、ここの英文の解説にはMELILLO氏の名前が白斑の予言者として記録されている)、「1988年の火星観測で使用された望遠鏡(その2)」(中島孝氏)がある。紹介された望遠鏡は比嘉保信氏、松本直弥氏、伊舎堂弘氏、岩崎徹氏、宮崎勲氏所有のもの、ほか臺北の圓山天文臺、福井市自然史博物館天文臺の主鏡である。また#097には「CMO Update」として、事務局を福井に移動した件と、中島孝氏が会計を担当することがアナウンスされた。

 来信は#096と#097あわせて、宮崎勲、岩崎徹、尾代孝哉、日岐敏明、阿久津富夫、Don PARKER、伊舎堂弘、F MELILLO、矢木英樹の各氏と筆者からのものが紹介されている。#097のFortnight Reportには岩崎徹氏から福井へイエナの6ミリアイピースが貸与されたという記事がある。このアイピースは十年後のいまも使われていて、福井市自然史博物館天文臺の400×はこのアイピースによるそうである。

村上昌己 (Mk)