巻頭エッセイ

近内令一氏の

(?)

の要約

 

CMO/ISMO #380 (25 January 2011)


English


1990

年代の半ば、筆者は月刊『天文ガイド』(誠文堂新光社)に『泰平天文趣味人気質』というエッセイの頁を持っていた。記憶されている方もおられるかと思う。『自分自身で読みたいけれど誰も書いてくれないものを書く』のが筆者のスタンスであった。

 その中から火星に少々関連しているかな、と思われるものを今回は紹介したい。原案は、『天文ガイド』199511月号及び12月号に『月の火山帯()−T』、『月の火山帯()−U』として掲載されたものである。当初は当時の雰囲気を再現するために英文直訳をしようと考えて出版社に交渉したところ、版権上の問題で具合がよくなさそうということで、全面的に英文で加筆書き直しすることにした。

 

 筆者はもともと月面を観察するのが大好きで、中空に浮かぶ月を肉眼で見上げるだけで、あ、あの地形あたりがよい照明条件で見えてそうだな、と血が騒いでしまう。月面の風景は望遠鏡でただ眺めるだけでも非常に美しく、楽しいが、色々な地形の起源や変化の過程をあれこれ考えながら観察すると一層興味深い。

 月面を覆い尽くしている無数のクレーターは、その殆んど総てが小天体の衝突によるインパクトクレーターであることが明らかになっている。そうなると、つむじ曲がりかつ判官びいきの筆者は『では極少数派の火山性クレーターは一体どこにあるんだ?』という素朴な疑問を抱く。1990年代の初めに、火山学者、惑星地質学者にして『月面写真の鉄人』白尾元理氏に質問してみた……『我々の望遠鏡で見分けられる月面最大の火山性クレーターはどれですか? そしてその特徴は?』 白尾氏の答えは、新鮮なリムレスクレーター、すなわち浸食をあまり受けていない新しいクレーターで盛り上がった縁を持っていないものは火山性起源の可能性が高い、ということであった。そしてその手の火山性クレーターの代表格として、中央の入り江に位置する直径10kmのクレーター Hyginusを挙げてくれた。好気流下にHyginusを高倍率で観察すると、カップアイスクリームの平坦な面をスプーンで丸くすくい取った穴のように、このシャープなクレーターには本当に盛り上がった縁がない

 よし、月面上には他にも火山性クレーターがいくつもあるに違いない、ということで何年かかけて、自分の望遠鏡での眼視観察や、眼に入るありとあらゆる月面写真で捜索し、直径5~10kmのリムレスクレーターを20個余り見付けることができた。

 それらを月球儀上にプロットしてみると、いくつかの特徴的な分布傾向を示すように思われた。中でも最も『傑作』なのが、中央の入り江のHyginusから、遥か東方の豊かの海のIbn Battutaまで一直線上(大円上)に並ぶ7個のリムレスクレーターの列である。大円上の円弧として46º、距離にして1400km余り。古典的な我が『東日本火山帯』に匹敵するスケールではないか。……『月の火山帯』か!!? Hyginus谷の東半分、Ariadaeus谷、Hypatia谷と連なる長大な地溝のラインと完全に平行しているのも意味ありげだ。

……という話であった。

 

さて、15年ほど経って上述の内容を見返してみると私にはまだけっこう面白い。他にもそのように思う人がいるらしくて、ネット上では月面のリムレスクレーターに注目している例がけっこう見られる;下記参照:

http://www.coona-astro.org.au/articles/harry_roberts/lunar_volcanism.html 

太陽系内で、大型の衛星も含めた岩石惑星体の中で、地球だけが現在及び地質学的過去にプレートテクトニクス活動を有した、というのが惑星地質学的に現在主流の見解のようである。従って、定義上月面には火山帯は存在し得ないことになろう。

 しかし最近の月地質学的な見解では、直線状の地溝は岩脈の貫入に由来すると考えられているので、上述のようなHyginus谷、Ariadaeus谷、Hypatia谷と連なる長い直線的な地溝の並びに平行して、火山性のリムレスクレーターが直線状に一列に配列しても不思議ではないようにも思える。

 

 さて火星に目を向けると、そこにはご存知、ひと目で判る巨大な火山が15個余り知られている。とりわけTharsis regionには太陽系最大のOlympus Monsを始め、いわゆるTharsis Montesすなわち南からArsia MonsPavonis Mons、そしてAscraeus Monsが偉容を誇っている。これらの巨大楯状火山は折々様々な外観で、我々の望遠鏡でも眼視的に、あるいはディジタル撮像で捉えることができる。

 そして火星の赤道に斜めに架かるTharsis Montesの直線的な配列は非常に印象的で、地球の天の赤道に近接する『オリオンのベルト』(三つ星)のインパクトに匹敵するだろう。オリオン座の三つ星は、実光度も地球からの距離も大きく異なる2等星3個がたまたま見掛け上近接して直線的に並んで見えるに過ぎないが、Tharsis 三山に関してはどうであろうか?

 プレートテクトニクス的に見込みのなさそうな我が月と異なって、火星の地質学的歴史の極く初期に一時的かつ一過性のプレートテクトニクス活動が存在し、Tharsis地域付近に複数の沈み込み帯があった、と考えている惑星地質学者のグループもある。Tharsis 三山及びその北方延長上のさらに数個の火山が形成する直線的な配列をVolcanic Beltと呼んでもよいのではないかと彼らは示唆している。

 


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