巻頭論攷

火星観測を暫し沈思黙考する

ドン・パーカー

近内令一譯

CMO/ISMO #418 (25 January 2014)


English



 

  告白しなければならないが、今年は火星観測を楽しみにしてはいなかった。老齢や肥満や関節炎はさておき、この赤い惑星に群がる大層な数の宇宙船がこの天体の秘密をもうほとんど暴いてしまっただろうと考えたからである (もちろん私が極度な怠け者なのも理由の一つ)。火星観測60年目もあって、“もうすべて見尽くしてしまった”と感じた次第である。と、そこで私は、Richard SCHMUDE博士から依頼を受けた、彼の火星の極冠と雲の研究の助けとなる画像を提供してくれないかと。そこで一朝私は望遠鏡のカヴァーを取り払い、彼の研究に役立つ画像を撮り始めた。アイピースに眼を当てて数秒、私の火星への幻滅感は太陽系外へ吹っ飛んだ!懐かしい旧友に相まみえ、そしてそう、それは一つの別世界であった。相も変わらず私の観測で最もエネルギーと時間を費やすのは撮像作業、そして(反吐が出るほど手間のかかる) 画像処理であるが、それでもアイピースに眼を当てて生の惑星を眺めるひと時の楽しみは毎回欠かせない。あまたの惑星の内で、ああ別世界に目を凝らしているんだな、と格別の実感を覚えるのは何といっても火星である。条件のよい衝の折に一般の人々に火星を望遠鏡で見せたときに最も頻繁に発せられる反応は:“うわぁ、本当に小さな別世界を見ているようですね!”

  真実のところ私は、地上ベースの火星観測に価値がないと思ったことはない、この火星周回衛星や火星面滞在型探査機が活躍する時代においても。南 政次はCMO#366の巻頭エッセイで我々の状況をうまく要約している:地上ベースの画像なくしては火星周回衛星のクローズアップデータの解釈は、不可能とは言わないまでも非常に難しくなると。たとえば、ダストストームや個別的な雲の季節的、あるいは周日的な変化振舞いについて明確に把握することは困難なままとなろう。このような問題には地球からの注意深い観測によって適切な対処が可能であり、これは依然としてアマチュアの守備範囲であり、宇宙船によるデータにしばしば欠落しがちな惑星全球規模の展望を可能とする。

  火星の現象を完全にカヴァーするためには、観測期を通して、日毎の火星の総ての経度の観測が必要である。火星と地球の自転周期はおおよそ等しく、これの意味するところは、地球上のさまざまな経度にあまねく分布した観測ステーションがあれば、毎日の火星全球の把握が可能になるということである。これが我らが導師、Charles FChickCAPENの夢であった。彼はアマチュア火星観測者の全世界ネットワークの設立に情熱を捧げ、その目指すゴールはかの赤い惑星の24時間監視体制であった。彼は海外のアマチュア観測者と熱心に連絡を取り、意見をやり取りし、観測結果も交換した。早い時期から数多くの日本のアマチュア火星観測者、たとえば大沢俊彦や斉藤英明のようなスケッチの技芸の天才たちが観測結果をA.L.P.O. (Association of Lunar and Planetary Observers 月惑星観測者協会) と分かち合い、火星の“裏側”で何が起こっているかという是非とも必要なデータを提供してくれた。1973年になると英国のAlan HEATHやフランスのJean DRAGESCO のような輝かしい観測者たちの強力な加勢を得てCAPENの国際火星パトロール(International Mars PatrolIMP)の中核が形を成した。今日この流れは発展して、二十数か国の何十人もの観測者たちが活動し、電子撮像とインターネットの恩恵を受けて瞬時の情報交換が日常化されるようになった。

  南 政次のISMO/CMO#417の巻頭エッセイで的確に示されるように、このような地球全周を網羅した観測ネットワークは、ダストストームの発生拡大の初期の動態の把握に顕著な有用性を発揮する。この例では、ドイツのSilvia KOWOLLIK女史から発せられたEメール注意報に中央ヨーロッパからアメリカ西部までの観測者たちが瞬時に反応した結果、火星面の経度にして70度余りの範囲をほぼ実況でカヴァーできて、ダスト現象の初期の貴重なデータが得られた。注目すべきは、KOWOLLIK女史の良好な画像はわずか15cm口径の反射望遠鏡で撮像されており、このことから優れた科学的情報を得るのに必ずしも大層な道具立てが必要でないことがよく判る。

  ISMOALPOそしてBAAのような組織には何万点にも及ぶ幾十年に渡るアマチュアによる火星観測記録が集積されている。このような記録の蓄積は、火星に見られる諸々の現象についての大局観を織り成す筋道を提供するという点で極めて価値が高い。そして今現在実施されている地球ベースの火星観測は、過去の記録をこの宇宙時代の最新のデータに関連付けて筋道を立てるためにぜひとも必要である。これらの過去の火星観測の大部分はスケッチである。それが1990年以前には利用できる最良の観測記録手段であった。(根気強い眼視観測者にとってスケッチは依然として非常に有効な記録法である!)私が火星スケッチの歴史的重要性を切実に実感したエピソードは1992年に遡り、当時ローヱル天文台のLeonard MARTIN博士は個人的な研究助成金を費やして南フロリダで我々と一週間を過ごした。Leonardはアマチュアの偉大な理解者で、Chick CAPEN亡きあと我々の導師となった人物であり、その週、彼はJeff BEISHの家に保管されていたALPO20,000件に及ぶ火星観測記録を分析して過ごした。Jeffと私が信じ難かったことに、この傑出したプロの天文学者は実際にアマチュアの火星スケッチを資料として研究を実施していた―スケッチを、である!Leonardは斯く語って我々を浄化啓蒙した;すなわちこれらのアマチュアの記録にはかけがえのないデータが含まれていて、複数の観測者による同時観測記録を比較検討することによって、実質的に定量的なデータを集めることができるのだと。彼はまた、“個人誤差較正法”を紹介して、単一個人のデータを定量化できることを示した。MARTIN博士はこれらのアマチュアの観測記録を用いて、火星のダストストームの発生とその頻度についての論文を上梓した。一方くつろぎの方面ではLeonardは熱心なアウトドア派で、我々のところに滞在中はヨット帆走を堪能し、またフロリダの豪勢な海の幸に舌鼓を打った。振り返って自問するのだが、もし我々がヨットを持っていなくて、またフロリダの食の宝石、石蟹やイエローテイルスナッパーがなかったならば、はたしてLeonardは我々のところへ来ただろうか!? フロリダ滞在が終わり、別れに際してLeonardは私に“もっとヨットに励み、そして禁煙しなはれ”と忠告をくれた。ああ悲しや、この勧告を私は無視してしまった!

  火星観測期が訪れる度に私はアマチュアの火星画像やスケッチの質の高さに驚嘆させられる。今年は、火星の視直径がまだわずか4秒角!のうちから優れた画像がISMO/CMOに報告されている。たった十年前にはこのような撮像成果は聞いたこともなかった。惑星用デジタルカメラの性能は年々向上し、一方それらの価格は実際安価になってきている。これはしかし、手に負えない事態になってきているとも思える。ちょっと前に私が新しく購入した惑星カメラにやっと慣れたところに、Christopher GOが“もっと性能のよいカメラがもうすぐ発売されますよ!”と知らせてくれたのには参った。私の年になると、新しい道具使いの学習曲線を想像すると期待と恐怖が入り交ざる。RegiStaxAutostakkertのような強力な無料ソフトが自由に入手できるようになって、画像処理は遥かに能率よく、しかも正確に実施できるようになってきた。しかしながら、このような進歩には警告が伴わなければならない:強力な画像処理は偽画像を生じさせやすく、とりわけ、鼻息荒い初心者が画像処理で暴走すると、疑似ディテール満載のデジデジ、ギトギトのどぎつい画像になりやすい。この理由から私は、撮像を始める前に、少々の時間をかけて火星像を眼視で観察することをお奨めする。これで惑星の生の自然な見え方に親しむことができるし、特にそれぞれのカラーフィルターを通した簡略スケッチを取っておくと、信頼度の高い最終的画像を得るための画像処理を進めていく上で大いなる参考となる。

  過去の火星スケッチを現代の電子画像と比較することによって、様々な火星の現象を歴史的経年的観点から展望できるようになる。一例を挙げれば、極冠、特に北極冠の様々な様相。最近のアマチュア及び宇宙探査機の画像が示したところでは、かつて観測された北極冠の“裂溝”の幾つかは、季節的な北極地域のダスト活動による見掛け上の特徴であった可能性が極めて高い。つい先頃の観測期には多くのアマチュアがそのような北極域ダストストームを示す美事な画像を得ている。火星滞在型探査機や軌道周回衛星が収集したデータによれば、火星では年に数百回ものダストストームが発生しているらしい。これらの大部分は非常に小規模な局地的現象で、地上ベースの観測では手が届かないかもしれない。しかしながら、劇的なペースで進歩を見せるアマチュアの撮像/画像処理技術を以ってすれば、さらにどんどん小さなダスト雲の検出が可能になるだろう。地上ベースの観測者たちによってもたらされる火星の全球的展望と相まって、これら微細ダスト活動の所見が得られるようになれば、我々のこの赤い惑星についての研究は大いに前進するだろう。

  電子撮像法が卓越する他の分野は、火星の大気現象、とりわけ局地的な氷晶雲の研究である。これらの検出には青色光、さらには紫外光による画像がベストである。大方の銀塩フイルムのこれらの波長に対する感度は非常に低かったため、かつて定量的計測に耐え得るような氷晶雲の写真を撮ることは大いなる頭痛のタネであった。青色光画像を得るために私は、フジクロームのカラー火星画像を濃いラッテン47フィルターを通してテクニカルパンフィルムにコピーしなければならなかった。これを現像してプリントして、やっと火星の氷晶雲を示す黒白写真が出来上がる。雲はよく出るが、なんとも費用がかさみ、恐ろしく時間のかかる作業だったことか。今日、我々の電子カメラの多くは広い波長域に渡ってかなり感度が高く、紫外域から遠く1ミクロンの赤外域までカヴァーしている。これにより、プロの天文学者の定量的分析にも役立つような有用な画像をアマチュアが作成できるようになった。驚くには当たらないが喜ばしいことに、今日、ISMOALPOそしてBAAのウェブサイトを多くのプロの惑星天文学者たちが定期的に訪問している。

  2012年の遠日点火星接近期には、最大視直径がわずか13.9秒角に届こうかという条件にもかかわらず、アマチュアたちは素晴らしい画像を得た。今回の接近期には条件は好転して、2014414日の最接近に視直径15.2秒角となる。(悪いニュースは、翌日に合衆国市民は所得税を支払わなければならないということだ!) 今年のISMO/CMOサイトに登場し始めた画像の質から判断すると、2014火星接近期には大層刺激的なデータが得られるに違いない。この調子でアマチュアの火星観測が進んでいくと、2018年の近日点接近期にはいったいどんな成果が得られるのか想像もつかない!

 




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