巻頭エッセイ

位相角を使うこと

(暦表の使い方)

村上 昌己

CMO/ISMO #392 (25 December 2011)

 


English


*はじめに

火星通信』に報告される画像は、世界中の地域から寄せられていますが、現状では観測時刻だけ記入されているものなど、観測報告としては不十分なものが多々見受けられます。火星観測を試みる方は天体暦から必要な値を得る事が出来なければならないですし、それぞれの数値の意味を理解して観測結果の判断に活用しなければなりません。

 最近では、パソコン上で動くソフトウエアで時刻を入力するとデータが安易に得られるものもありますが、これに馴染んではなりません。正確に一致するものは少ないようですし、多分意味も判らないまま使うことになると思います。

 記入されるべきデータは "The Astronomical Almanac for the Year 2012" (英米暦)などの天体暦から観測時刻(GMT:グリニッジ子午線時)にあわせて算出した下記のデータが最小必要です。実際にはもっと他のデータの必要な現象もありますが、通常はこれで宜しいでしょう。特別な現象の時は、『火星通信』でも掲示されます。ほかには、勿論観測機材の詳細や観測地なども不可欠ですから忘れないように。

 

 ω:火星面中央経度、 φ:火星面中央緯度、δ: 視直径、λ: Ls値、ι:位相角

 

 火星観測に必要なデータは、CMO-Webでは毎日00:00GMT(09:00JST)の値が提供されています。英米暦表 "The Astronomical Almanac for the Year 2012" などの値を参考に補間して求めた値です。GMTUTC(協定世界時)と同じ時刻ですが、CMOでは最初からGMTの表記を採用しています。正確にはUniversalには意味がないからです。

 

 CMIO-Webには上記の値のほかに以下の数値が掲載されています。

 

 Π : 自転軸北極方向角、D: 視赤緯。

 

 The Astronomical Almanacでは、00:00TT (Terrestrial Time : 地球時)の値が乗せられていますが、GMT(=UTC)との差が、2011年始め現在66.184秒あり、特にωに僅かですが差異が生じるために『火星通信』では00:00GMTの値に直して提供しています。他の惑星でも同じ困難が出ているはずですのでご注意ください(考慮がなければ信用がならない)

 最近では2009年末に閏秒で調整されましたが、地球時(TT)と協定世界時(UTC=GMT)の差は、地球の自転速度の変化により生じるものです。詳しくは『天文年鑑』の「最近の時」のページなどをご覧ください。

 

 報告する画像には、上記のωφδλιの値を補間により求めて記入しておくことが必要です。ただし、δ以外は小数点以下は四捨五入します。(やたら細かな数値を並べるのは数字の意味を知らない輩です。0.1の意味することをそれぞれの場合について考察してみれば判るでしょう。)

 

 

*暦の値について

 

I) ω: 火星面中央経度、 φ:火星面中央緯度

 地球からみた火星像の中央の火星面経度・緯度を示します。The Astronomical Almanacでは、Sub-Earth Point Long. Lat. で示されています。Ωは中央子午線経度ともいわれますし、φtiltともいわれます。北極からどれくらい傾いているか、示すからです。

 ωは火星の自転で一日あたり351°ほど変化しますので、次節で取り扱うように観測時刻に対する詳しい補間が必要です。

 φは自転軸の傾きを示し、最大±26°ほどに達します。(tiltで見た場合)+の時は北極側が見えていることになります。一日あたりの変化は小さいものですが、補間は必要です。『火星通信』では+10°の時には10°N、−10°の時には10°Sと表記します。

  ωはときどきCMと書かれることがありますが、正しくありません。ωCM (Central Meridian: 中央子午線)の経度を表します。つまり強いて書くならωLCM (Longitude of the Central Meridian)です。

 

II)  δ: 視直径

   δは欠けた部分も含む赤道部の直径でThe Astronomical Almanacでは、Diameter Eq.で示されています。火星は眞球ではありませんから、二通りのδがあるわけですが、われわれは赤道帯の視直径を採用するわけです。

地球と火星との距離の変動は大きく、視直径の変化も最低は4秒角から最大は25秒角に及びます。最大視直径は各接近により大きく異なり、2012年の今回の接近では13.9秒角にしか届かず小接近と呼ばれます。25.1秒角にまで達した歴史的大接近が2003年に起きたのは記憶に新しいところです。δだけは小数点以下1桁の値を求め表記します。

 

III)  λ: Ls

  季節を表すλは、The Astronomical AlmanacではLsで示されています。火星から見た太陽の黄経、つまり火星の軌道上の位置を表し地球でいう黄経に当たります。λ=000°Lsは火星の北半球の春分となります。以下、北半球の夏至がλ=090°Ls、秋分がλ=180°Ls、冬至がλ=270°Lsです。

 火星は地球と同様に自転軸の傾きがあり、日照の変化が大きく季節があります。λLsによる「季節を表す」パラメータとしてきわめて重要なものですから、その数値の動きをよく認識していなくてはなりません。例えば、オリュムプス・モンスやタルシス三山を覆う夕方の雲の出方はλに依存します。

 

IV)  ι: 位相角

 これが問題です。これをよく理解している人は少ないでしょう。Phase AngleThe Astronomical Almanacではi、『火星通信』ではι (イオタ)で示されています。火星を挟んで地球-火星-太陽が作る角度で、「対衝」「合」の時には00°に近づきます(普通は全くのゼロではありません)ιを使用するのは、火星の正午n(noon)線の経度(ωs)が中央子午線経度(ω)からどの程度離れているか角度で判断するのに役に立つからです。模様の地方時をωから概略で求める際にも重要な働きをするわけです。

 例として29 Dec 2011の右図で説明します。

The Astronomical Almanac00:00TTの値を使用します。

 n(正午の線)m(火星面と蔭の部分の交点を結ぶ直角大円の昼側の頂点を通る線)の交点が太陽直下点(Sub-Solor Point)です。位相角は蔭の最も深いところで測ることになりますが、赤道帯で測っても大差はないと考えてよろしい。赤道から見ると蔭が消失するときがありますがιは滅多に衝でもゼロにはならないことから一致することは少ないことが解るでしょう。

いまの場合、その経度は暦表から ωs=155.92°となります。一方ω=119.10°で、その差は36.8°となり、当日のι=34.5°と近い値となります。

中央子午線上の火星地方時は午後側にあり、

 36.8°/15°=2.45= 2h27m(PM) ですが(15°で一時間)

ιから求めた

  34.5°/15°=2.3 = 2h18m(PM) と近似しています。

10分ほどの違いがありますが、火星の気象を観測する立場から、火星地方時の判断としては問題になりません。

 ただし、上の図からも解るとおり、位相角の違いで午前と午後の広さが非常に異なっていることが分かるでしょう。(南極、北極を結ぶ点線がn線です。) 位相角はこうして表面の午前午後を指し示している重要なパラメータなのです。ω(LCM)n線と間違えてはなりません。前者は模様を強調したもの、後者は気象を考慮したものです。

 太陽直下点の位置は「対衝」「合」を挟んで中央子午線の東西に移動します。午前・午後の判断は慎重に検討する必要があります。

 

 輝面比(K)Phaseで示されており、欠けの程度を表すものですが、CMOでは取り上げません。K=(1cosι)/2で求められます。Phaseは輝面の割合を示したもので気象観測とは無関係と言ってよいでしょう。Phaseは幾何学的、Phase angleは気象と関係したものです。以上のことをよく理解してください。と同時に位相角を『火星通信』が使う意味も分かるはずです。

 

V)  Π : 北極方向角

 Πの大文字)は、The Astronomical AlmanacではNorth PoleP.A. で示されます。火星自転軸の北極方向を天の北極から東回り(反時計回り)に測った角度で、視野内の火星の進行方向(P←)から、火星の自転軸の南北方向を判断するのに有用です。また、画像を回転させて正しく南北方向を示すために必要な数値となります。とくにccdでの観測者はこの値に注目しなければなりません。この値によって、南北線を正確に把握できるからです。ドナルド・パーカー氏と森田行雄氏によって実践されていますが、その方法は運転時計を止めて、像を動かした画像を必ず毎回撮し込むことです。南極冠の極からの正確なズレなどはこれによって知ることが出來る重要なパラメータです。「恰好」を附けて斜めにした火星像を作っている人達は、観測家ではなく、曲芸の芸人でしょう。観測は正鵠を目的とするものですから、細心の注意を払ってこのことを実践すべきです。正確にいえば、南極冠や北極冠の方向で南極や北極を知るというのは正確ではありません。

 

VI) D : 視赤緯

 D : Apparent Declination は、薄明中の観測や透明度の悪いときに火星を導入するのに有用です。正しく設置されている赤道儀であれば、肉眼で火星が確認できない場合でも、赤緯目盛環で数値に合わせて、赤経軸を回転させファインダーに火星を容易に捉えることができます。更に火星の高度を知るのにも役立ちます。

 

VII) その他

 The Astronomical Almanac 等の暦表には、Sub-Earth point, Sub-Solar Point などの項目もあります。それぞれ火星と地球、火星と太陽の中心を結ぶ直線が、火星表面と交わる地点の火星面経度、緯度です。

 Sub-Earth pointの、Long.ω:火星面中央経度。Lat.φ:火星面中央緯度のことですが、後者はDeと示されることがあります。地球と正対する火星面の地点で、見上げると地球が天頂に見えることとなります(Sub-Earthというのは地球から見下ろした地点に相当するからです)

  火星上のSub-Solar Pointでは、太陽が南中して、天頂にあることになります。Long.は火星面の正午の火星面経度を示し、火星面地方時の目安となります。Lat.は、火星のどちらの極を太陽が照らしているかを判断できます。これはDsと示されることがあります。 Sub-Solar PointP.A. Sub-Solar PointSub-Earth pointを結ぶ直線の天の北極からの方向角でP.A+180°が火星面の最大に欠けている方向になります。これが位相角に関係します。

 

 DeDsは、火星面の閃光現象の場合の予測の目安となります。過去に閃光現象が観測されたときには、DeDs の値が同じになる時の付近で起きたことが多く、エドム、ソリス・ラクス周辺などで観測されていますが、それ以外ではDsはほとんど不要です。

  一般にはDsは太陽直下点の緯度で、季節を表すパラメータですから、Lsに代用させます。というより、季節λを表すパラメータとしてはLsを第一義と考えるわけです。実際、λ=180°Lsλ=360°LsではDs=0°ですし、λ=270°Lsでは、Dsが最も深く26°S近くになるわけです。

 

*補間について

 

 ここでは、時間変化の大きな火星面中央子午線経度(ω)の補間計算について説明してみます。

  暦表から当日の値1)と翌日の値2)を読みます。 火星は24時間でおよそ351°の自転ですから、ωh=(360°- (|ω2 - ω1|))/24 が、1時間当たりの自転角度になります。およそ14.6°ほどの値ですが、日によって少しずつ違いますから、毎日こまかな計算が必要です。旧い文献では14.62°として概算していますが、正しくはなく目安に過ぎません。

ω2 > ω1のときには、ω1→ω1+360°として計算します。

  観測時刻(H)では、分は時の小数として計算しておきます(例えば1530分は15.5)。観測時刻に於ける(ω)は以下の式から求まります。

 

 ω=ω1+H×ωh1+H×((360 - (|ω2 - ω1|))/24)

 

 出てくる値が、360°より大きくなるときには、360°を引いた値で示します。

 

 値は小数点以下は意味がありませんから四捨五入しますが、その為に±1°Wのずれが出ることがありますので、ご注意下さい。

 

  一例として、1 Jan 2012, 02:00GMTの値(ω)を求めます。CMO_Webの暦表から

  ω1=  91.27°W, ω2= 81.92°Wですので、

    ωh = (360-(91.27-81.92))/24=14.610 となり、

 ω= ω1+H×ωh =9 1.27+2.0×14.610 =120.49 →121°Wが求められます。

 

以上、一度修得すると面倒ではありませんが、計算は慎重でなければなりません。

 



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