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Ten Years Ago (98) (Japanese)
- 火星通信 #138 (25 October 1993) CMO p1295 –p1310

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に觀測はシーズンオフになっていて、1992/1993年火星(7Jan1993の衝)の分析が進められている。この年はCMO Noteとされていて、今回はその(9)「觀測頻度の分布」、(10)ω=330°W邊りから見た北極雲」、(11)「岩崎徹氏の北極冠(λ=000°Ls~040°Ls)」の三編が一擧に掲載されている。第一編は日岐、伊舎堂、岩崎、村上、森田の各氏と筆者()の觀測分布を調べたもので、指数を觀測數から全體の觀測數で割って圖で示している(西田氏)ので、集中や擴散が分かる。森田氏が極端に最接近集中型、岩崎 氏が觀測後半のスパート型などが歴然である。筆者は堅實に視直徑の動きに従っているが、後半三/四月に突出する。逆に伊舎堂氏や村上氏が低迷する。日岐氏の後半は綺麗である。第二編は北極冠をある定點から季節を違えて、λ=355°Ls015°Ls030°Lsという重要な時點で追った觀測の集約である。ω=330°Wというのはシヌス・サバエウスが見え、マレ・アキダリウムが朝霧から顔を出す位置で興味あるところで、こうした觀察は十五年に一度しかやれないであろう。北極雲本體とマレ・アキダリウム朝の地上霧の區別など行われている。春分前後の觀測はこれからも必要である。λ=030°Lsでもまだ淡い若干の朝霧が殘るようだが、今後は北極冠の周りでの早期のdust擾亂等も考慮に入れるべきであろう。第三編のIw氏の北極冠は北極雲の觀測のあと、λ=020°Ls040°Lsのサイズを精査している。Iw氏の場合は観測度数が多いから、螺旋を描くことが出來る。次回にもこの記事から注意するところを抉りだしてもう少し長く丁寧に行っていただきたい。

LtEは森田行雄(Mo)氏の13Feb1993の終了間際の觀測で出て來たエリュシウムの黄雲らしいものについて、ヨーロッパにその後觀測を依頼したところ、ヴァレッル(JWr)氏やニール(RNl)氏、理査・麥肯(RMk)氏などから連絡が來て、それが掲載されている。15Febにはビヴェール(NBv)氏の觀測が出て來たが、NBv氏がわれわれの前に登場するのはこのときではなかったかと思う。確か、ドルフュス氏からもMo氏が直接連絡を受けたはずである。季節的に早い時期の北半球の黄雲については最近大きな話題になっている。

「夜毎餘言」は「朝日新聞」について筆者が書いたものである。これはWebの方に収録していないが、いま讀んでも面白い。戦後まもなく、当用漢字と新仮名が公布されると、早速「寅年」を「トラ年」、としたり、「歳」はみな「年」にするという愚を朝日がやったという話、その記者は「獰猛」もいけないので、「ねいもう」と仮名でやって、馬脚を現したというような話の紹介から始まって、朝日の記者にも管理職志向どころか中央審議会に出たいようなゴマスリ人物が多いという話(「グリオgurio 1992年春號」などがある。最後には朝日がコクドの長野での振る舞い(税金を払わないどころか、税金でコースを造成する手法)を告発できなかった話があるが、やっと十年を経てボチボチ話題になっているようである。皆逮捕されて、みなアホな末路を辿ってから、證明附きでWebに載せましょうね。

もう一点、「一点点・一天天」があり、「います」と「おります」の違いに觸れている。「おる」は丁寧語ではないということ。失礼になる場合もあるという例があるので、再読をお奨めする。

 

  (Mn)

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