天文教育 Vol 13 No.5, pp2-8 (2001) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ フレアの統一モデル ―太陽フレア、恒星フレア、原始星フレア― 柴田一成(京都大学) 1.はじめに  愛知教育大の沢さんから、最新の研究に関 する執筆を頼まれた。ただでさえ宿題が山の ようにあってどれも締切りを過ぎているよう な状態で、引き受けられるわけがないのだが、 沢さんからの依頼とあっては、断るわけにも いかないし、福江君が私の原稿完成率を2割 くらいだろうと予想している、と沢さんから 聞くに及んで、皆さんその程度の覚悟を決め ているなら、OKですよ、ととりあえず引き 受けてしまった。しかしやっぱりこの原稿を 書き出した時点ですでに締切りを1日過ぎて いる。さてどうしようかと思ったが、天文教 育にたずさわっている人々が読んで興味をも てそうな、あまり難しくない研究裏話のエッ セイなら短時間で書けるかもしれないと思っ て、書き出した次第である。 2.太陽フレア  最近5年ほどの私の研究の中心課題は、こ の太陽フレアである。太陽フレアとは太陽面 爆発ともよばれ、太陽系最大の爆発だ。普通 のフレアでさえも、水爆100万個以上を同時 に爆発させたくらいのエネルギーが発生して おり、今時(太陽活動極大期)なら毎日発生 しているマイクロフレアでさえ、水爆数百個 〜数万個ものエネルギーを解放しているとい うものすごさである。これを実感するには、 太陽X線観測衛星「ようこう」が撮影したX 線ムービーを見るに限るが、本誌の読者には すでになじみが深いと思う。もしまだ見たこ とがない人がいたら次のホームページ http://www.solar.isas.ac.jp/index.html を参照していただきたい。  この「ようこう」ムービーをはじめて見た ときの感動を私は忘れることはできない。そ れは「ようこう」打ち上げ直後の1991年9月 頃だった。太陽はこんなに激しく活動してい るのか、と一瞬にして地球への影響の甚大さ を悟った。と同時に、太陽は宇宙の中ではも っとも平凡な星なので、きっと宇宙の星々や 様々な天体はわれわれのまだ知らない驚くべ き激しい活動や爆発をしているのではないか、 とも思った。その直感が正しいことは、その 後、時とともに次第に明らかになっていく。  さて「ようこう」ムービーを初めて見て以 来、くる日もくる日も「ようこう」ムービー を見て暮らした。それは半ば仕事だった。実 際、現在でも「ようこう」の内之浦運用当番 の重要な仕事の一つに、「ようこう」データ をチェックして太陽や観測機器に異変が起き ていないか調べる仕事がある。打ち上げ直後 は、関係者全員が運用当番みたいなものだっ たので、毎日「ようこう」ムービーを見て暮 らしていたのだ。しかし、この仕事はわくわ くする楽しい仕事だった。何しろ、太陽コロ ナの正体はこうだったのか、フレアはこんな ふうにして起こるのか、という長年の謎が、 ムービーを見ているだけで、まさに目からう ろこ、という感じで次々とわかっていくのだ から。新しい発見も次々とあった。10分間ム ービーを見るだけで、論文が一つ書けそうな 新しい発見が一つ見つかるくらいの頻度で、 続々と新現象が見つかるのだ。そのたびにノ ートにメモしていくのだが、新発見が数十も たまると、少々のことでは驚かなくなった。 発見するのは容易だが、それを解析して論文 にするのは時間がかかるので、結局、新発見 の大半は今でもノートに埋もれたままになっ ている。結局、私自身および私の教え子達で 論文にした新発見現象は、X線ジェット(図 1)、アネモネ、X線プラズモイド(図2)、 X線浮上磁場領域、くらいだろうか。それぞ れのテーマで2,3編(あるいはそれ以上) の論文が出ている。もちろん、「ようこう」 の他のメンバーが解析し論文にした新現象も 数多い。カスプ(図3)、巨大アーケード、 ループトップ硬X線源、トランジェント・ブ ライトニング、X線活動領域膨張、などは重 要な発見だ。これ以外にも新発見はまだまだ あるが、今となっては、当時の発見の感動が 薄れ、解析して論文を書こうという動機がし ぼんでしまっているのがちょっと残念だ。何 といっても、私の記憶の中から消えてしまっ ているのが信じられない。たまには昔のノー トを読み返さないといけない。10年経つと人 は別人になる、ということを身をもって体験 している今日この頃である。  少し脱線してしまった。主題の太陽フレア に戻ろう。「ようこう」ムービーを見るだけ で一瞬にしてフレアのメカニズムがわかった のである。私だけでなくムービーを見た世界 中の太陽物理学者がおそらく一瞬にして理解 したに違いない。フレアのエネルギー源が黒 点近くの太陽大気中に蓄えられた磁気エネル ギーであることは、「ようこう」衛星打ち上 げ以前からわかっていたが、その磁気エネル ギー解放メカニズムが謎だったのである。有 力な説は、「磁気リコネクション説」と「電 流ショート説」の2つであった。後者はわか りやすい。雷みたいなものを連想すれば良い から。しかし前者はわかりにくい。わかりや すく説明しようとすると、かえって泥沼には まるので、ここでは簡単に、1)「プラズマ 中の磁力線はゴムひもみたいなもの」、2) 「プラズマは磁力線にくっついている」、3) 「逆向きの磁力線が接触すると、磁力線がつ なぎかわることがあり、これが磁気リコネク ションである」とだけ書いておこう。これら を念頭において想像してほしい。リコネクシ ョンが突然起こると、磁力線がパチンコのゴ ムひものような形になって、そこにくっつい たプラズマが急激に加速される(図4)。この ようにして、磁気エネルギーが運動エネルギ ーに変換される。加速されたプラズマは黒点 近くでは秒速1000kmを越えるスピードまで加 速されるので、どこかにぶつかると強い衝撃 波が発生し、ついには数千万度の超高温プラ ズマが発生するというわけだ。図3を見ると、 まさにこのリコネクション説通りの様子が見 える。図3で尖った形のループ(これをカス プという)が見えるが、これがまさにパチン コのゴムひもを引っ張った状態に対応する。 尖ったカスプが丸くなるとエネルギーが解放 される、というわけだ。  脱線するが、このような話を京大3回生の 基礎宇宙物理学の講義で解説したら、講義レ ポートの講義の感想のところで、「パチンコ 効果というのが最初意味がわからず理解に苦 しみました。パチンコというと、町のパチン コ屋でやっているパチンコをつい連想してし まいます。」というのがあって、ひっくり返 ったことがある。もう10年もしたら、本当に ゴムひものパチンコは死語になるのかなあ。 そうすると、リコネクションはどう説明すれ ば良いのだろうか?  さて、普通の解説文に書いてあるようなこ とは、できるだけ書かないエッセイにしよう と思って書き始めたが、やはり「リコネクシ ョンとは何か」みたいな解説を書いてしまっ た。でも、こればっかりは仕方がないか。な にしろ「リコネクションとは何か」という問 題は、私にとっては15年にわたる主要研究課 題なのだから。太陽フレアに興味をもったの も、実はこの「リコネクション」を解明した いと思ったのが最大の動機である。「リコネ クション」は、太陽フレアだけでなく、オー ロラを産み出す磁気圏サブストームの原因で もあるし、核融合プラズマの閉じ込めを失敗 させる要因でもある。また、おそらく磁場を もつ多くの天体活動現象の爆発的エネルギー 解放の原因の一つになっているに違いない。 太陽フレアにおけるリコネクションを解明す ることによって、天体フレア現象を解明した い、というのが長年の私の夢だったのだ。も う少し正確に言うと、まだ10代の若かりし頃、 遠方の銀河の中心ではとてつもない大爆発が 起きており、そこから謎の高速ジェットが噴 出している、ということを、小田稔さんや海 部宣男さんの解説本から学んだとき、これぞ 私が挑戦すべき宇宙最大の謎だと思った。そ の後、いろいろ勉強していくうちに、銀河中 心の爆発やジェットに良く似た爆発やジェッ トが太陽表面でも発生していることを知り、 銀河の中心を解明する早道は太陽フレアを解 明することだ、と思うにいたったのである。  さて脱線ばかりでなかなか前にすすまない が、ここまでをまとめると、「ようこう」の 観測データによって、「太陽フレアが磁気リ コネクションによって引き起こされているこ とがほぼ確かになった」。ただし、「ほぼ確 か」というのがくせものだ。慎重な人は、 「フレアにおける磁気リコネクションの証拠 が数多く見つかった」としか言わない。図3 のように、先の尖ったカスプ型のフレアは大 きなフレアに限られる。ただ丸いループが光 るだけという小さなフレアの方が数は多い。 ここで詳しく解説している余裕はないが、色 々調べていくと、そのような小さなフレアま で含めて、すべてのフレア現象は、やはり磁 気リコネクションで説明できる、というのが、 私の提唱する「統一モデル」(図5)だ。詳し くは、参考文献を読まれたい。ただ、統一モ デルの精神だけは書いておこう。やはり私は 理論家である。それも物理学の単純さが好き である。それに対してぐちゃぐちゃの化学は 嫌いだ。物理学者が力の統一を目指すのと同 じように、私はフレアの統一を目指している。 自然はきっと単純で美しいに違いない、と。 これまで、少なくとも自分自身で納得のでき る範囲で、太陽フレアの統一モデルは完成し たと思っている。理論的、観測的につめるべ き課題は多数残っているが、大枠はわかった、 と思っている。最近の5、6年は、日本中ど こに行っても、世界中どこにいっても、この 統一モデルの話ばかりしているので、だんだ ん有名になってきた。「柴田の統一モデル」 と呼ばれたりすることもある。結構大胆な話 なので、自分でもやりすぎか、とも思うこと がある。でも、フレア理論、リコネクション 理論の世界的権威の英国のプリースト教授が、 「I like your unified model!」 と言ってく れたりすると、お世辞とわかっていても嬉し いものだ。頑張ってまた大胆な講演をしよう という気になる。逆のケースもある。例えば、 私や学生の論文の審査で、論文に書いていな い事柄に猛反発をくらうことがある。明らか に私の講演を聞いて憤慨したとしか思えない ような反論がいっぱい書いてあるのだ。ルー ル違反じゃないか。審査は論文に書いてある ことだけを対象にすべきなのに。結局、論文 の受理まで余分な時間と労力を要することに なる。でもそれもよしとしよう。科学だから 論争があってしかるべきだ。論争の結果、結 局は正しいものが生き残る。私の統一モデル は生き残れるだろうか? 自分ではなかなか 面白いと思っている。結構いけるのではない か。  世界にはまだアンチ・リコネクション派が 山のようにいて、いつ私の足元をすくおうか と虎視坦々とねらっているが、私の興味はい つしか太陽フレアから恒星フレアへと拡大し ていた。太陽フレアだけでなく、ついに恒星 フレアも統一できる!ということがわかった のだ。 3.恒星フレアと原始星フレア  3年ほど前のある日、天文学会春の年会発 表申し込み締切り日の前日の夜の12時頃だ った。太陽フレア・コロナのようこう観測の 総合報告論文を書いているときに、フレアの 統計データに奇妙な傾向があることを報告し ている論文を見つけた。著者は米国NRL研 究所の Feldman 博士である。アンチ・リコ ネクション派のフレア観測の大家である。 Feldman はフレアX線データから得られる二 つの観測量である、エミッション・メジャー (Emission Measure、以後EMと略す)と温度 の間にゆるやかな相関があることを報告し、 それが太陽フレアだけでなく、恒星フレアに ものびていることを報告していた。EMはX線 強度に比例する量で、厳密には電子密度の2 乗に体積を掛けた量だ。図6を見ていただき たい。太陽フレアのEMを縦軸に、温度を横軸 にプロットしたものてある。弱い相関関係が あることがわかる。Feldman のこの図には4 例の恒星フレアもプロットしてあるが、傾向 が直線から少しずれている。しかし、この図 の縦軸は対数スケールであるが、横軸は通常 の線形スケールであることに注意すべきであ る。このグラフを見てただちに私は、これら のデータを両対数のグラフにうつしとった(図 7)。すると、太陽データと恒星データがほ ぼ一本の直線上にのるではないか。これは EM∝T^a、すなわちEMが温度Tのべき乗に比 例することを示している。多くの物理法則は このような法則で表されること(ある物理量 が他の物理量のべき関数で表されること)が 知られているので、私はこの結果にきわめて 満足した。さらに、この図に最近わが国の 「あすか」衛星が発見した原始星フレアやT タウリ型星フレアのデータをプロットしてみ たら、これも同じ線上にのるではないか! 原始星フレアは1億度もの高温にあり、放出 されるエネルギーも太陽フレアのそれより1 万倍以上もある謎の大フレアだ。それが同じ 線上にのるということは、同じ物理で説明で きるかもしれない、ということだ。つまり、 太陽フレア、恒星フレア、原始星フレアが統 一できるかもしれない!  深夜、それから紙と鉛筆の研究がにわかに 始まった。総合報告論文の執筆などはそっち のけで。きっと単純な法則で決まっているに 違いない、という予想の元に。その結果、予 想通り、数時間で簡単な理論ができあがった。 その理論は、その1年ほど前に共同研究者の 横山博士と一緒に発見したフレアの温度に関 する法則(横山−柴田のスケーリング則と勝 手に名づけて呼んでいる法則)に基づくもの だった。その理論では、フレア温度は磁気リ コネクションによる加熱と熱伝導による冷却 のバランスによって決まっている。先ほども 書いたように Feldman は有名なアンチ・リ コネクション学者である。論文にも、言外に (リコネクション説では)この観測事実は到 底説明できないだろう、というニュアンスの 文章が書いてある。その Feldman が発見し たフレアのEM−温度の相関関係を、磁気リコ ネクション説をフルに用いて説明できたのだ。 笑いが止まらなかった。のみならず、原始星 フレアがなぜ1億度もの高温にあり、解放す るエネルギーが大きいのかもわかった。原始 星フレアはとにかく巨大なのだ。太陽半径以 上、最大ではその10倍近くにもなる。それが 超高温と巨大エネルギーの原因であることが わかった。明け方、この最新成果を天文学会 で発表するために急きょ徹夜で学会予稿を書 き、何とか締め切りの正午までには予稿を電 子投稿することができた。一夜漬けの研究だ った。しかし、その一夜漬けの研究に至るに は横山博士との共同研究、とりわけ、彼の成 し遂げた世界最高の数値シミュレーションの 結果が決定的に重要な役割を果たしたので、 事後承諾で彼にも共同研究者に入ってもらい、 論文も Shibata and Yokoyama で Astrophysical Journal Letter に投稿した。予想通り、レ フェリーからはリジェクトの連続だったが良 く耐えて、結局1999年末には論文は無事 Astrophysical Journal Letter に出版された (Shibata and Yokoyama 1999)。わずか4ページ の短い論文だが、太陽フレア、恒星フレア、原 始星フレアを統一するのに成功した論文として 歴史に残る論文だと思っている。さて後世の評 価はどうなるだろうか? 4.おわりに  さて、書き始めてから5時間。締切りから は1日以上過ぎたが、まだ間に合うだろうか? 一夜漬けのこんな原稿で許してくれますか? 参考文献 柴田一成、天文月報、vol. 89, No. 2, pp 60-69 (1996) 柴田一成、福江純、松元亮治、嶺重慎編、活動する宇宙、裳華房(1999) Feldman et al. 1995 ApJ 451, L79 Ohyama and Shibata 1998 ApJ 499, 934 Shibata et al. 1992 PASJ 44, L173 Shibata et al. 1995 ApJ 451, L83 Shibata and Yokoyama 1999 ApJ, 526, L49 Tsuneta et al. 1992 PASJ 44, L63 ------------------------------- 図の説明 図1 X線ジェット(Shibata et al. 1992)。「ようこう」軟X線望遠鏡撮影。 図2 X線プラズモイド(Ohyama and Shibata 1998)。「ようこう」軟X線望遠鏡撮影。 図3 カスプ型フレア(Tsuneta et al. 1992)。「ようこう」軟X線望遠鏡撮影。 図4 リコネクションの概念図。 図5 フレアの統一モデル(Shibata et al. 1995) 図6 太陽フレア、恒星フレアのエミッション・メジャー(EM)と温度の相関関係 (Feldman et al. 1995)。 片対数グラフであることに注意。 図7 両対数にプロットした、太陽フレア、マイクロフレア、恒星フレア、 原始星フレアの、エミッション・メジャー(EM)と温度の相関関係 (Shibata and Yokoyama 1999)。実線(磁場強度一定の線)、破線 (フレア・ループ長一定の線)は、リコネクション理論(Shibata and Yokoyama 1999) に基づく。これより1億度の原始星フレアは、ループの長さが巨大であること がわかる。 ------------------------------