編 集 後 記


 

七月はほとんど蓼科で過ごした。日中は暑くなることもあるが、朝晩は涼しくカーディガンが必要なときもあった。天候は不安定で、午後は連日雲が出てにわか雨の降ることもあった。夜半前も雲の取れることはなく3週間の滞在で火星の見えたのは3日間に過ぎなかった。それも雲間の観測でシーイングの良い機会には出会えなかった。20日に横浜に戻ったが下界も思ったほど暑くなく、22日の「大暑」も関東では梅雨明け前で、ヤマセが入って涼しかった。

 


 

画像は19日に晴れ間から撮した火星像で10cm屈折で撮している。南中高度が低く、隣家の木々の梢すれすれで隠されることもあり観測時間は長く取れなかった。いくつかバーローを用意していったのだが、旧式の屈折では繰り出し長さが足りずに延長筒が必要なことが判った。

 


 

月には火星は「さそり座」にはいり、24日にアンタレスの北を、翌25日には土星の南を通過する。季節は196Lsから215Lsと、黄雲の季節を迎えるが、視直径は13秒角から10秒角へと小さくなる。

七月25日記

火星課長 村上昌己


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