Ten Years Ago (204)

 

---- CMO #259 (25 April 2002) pp3299~3326 ----

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn1/cmo259/index.htm

 


観測レポートは今期22回目となり、三月後半と四月前半の一ヶ月の報告が取り扱われている。視直径δは4.6"から4.2"に小さくなり観測も最終盤となった。季節λ343Lsから358Lsとうつり南半球の秋分近くまで進んだ。傾きφは18Sから 11Sと浅くなり、位相角ι28から22へと丸みが少し戻った。福井では日没前から観測を試みたが、黄砂の影響で透明度が悪く日没後でないと導入できなかったと記録されている。

 報告者は追加報告を含め、国内から五名66観測、外国からは二名6観測で観測数も減少したが、CCD観測では成果がみられている。

 

 2001 Mars CMO Note (5)"Elysium Planitia Dust Clouded at the Beginning of July 2001" 2001年七月初め黄雲まみれのエリュシウム」と題され、2001年黄雲発生初期の北半球への発展を、日本の観測からエリュシウム付近の様子とアエテリア暗斑の変化を中心に記述されている。このときの森田行雄氏のωを揃えた連続観測には高い評価がついている。

 

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/259Note5j/index.htm

 

 LtEには、Jeffery BEISH (FL, the USA), Damian PEACH (the UK), Clay SHERROD (AR, the USA), Ed GRAFTON (TX, the USA), Tom DOBBINS (OH, the USA), Brian COLVILLE (Canada), Sam WHITBY (VA, the USA), Don PARKER (FL, the USA), Randy TATUM (VA, the USA), Bill SHEEHAN (MN, the USA)の外国の諸氏からと、国内の松本直弥(長崎)、熊森照明(大阪)、阿久津富夫(栃木)、伊舎堂弘(沖縄)、小山田博之(神奈川)、森田行雄(広島)の皆さんから寄せられたものが掲載されている。

 

 "Jeff BEISH in Yokohama" として、24 March 2002にジェフ・ビーシュ氏が赴任中の息子を訪ねて夫妻で来日した機会に、『火星通信』のメンバーと横浜で会合を持ったときの様子が、南政次氏により記録されている。参加者はビーシュ氏のご家族5人(息子御夫婦とお孫さん)と、南氏、中島守正氏、石橋力氏、西田昭徳氏、常間地ひとみさん、筆者であった。

 当日は、横浜駅西口の息子さんが知っているレストランで待ち合わせ、みなとみらい地区のワールドポーターズへ移動。昼食後に同所の会議室でビーシュ氏の講演。その後、紅葉坂の青少年センターへ移動して広瀬洋治氏に超新星発見事情をうかがい、天文台を見学する。夕食は中華街でという忙しい一日だったが、筆者の思い出にも色濃く残っている。

 ビーシュ氏の講演内容は、火星近日点接近の最大視直径の周期性についてのお話しで、ご自分の書いたプログラムで大型コンピューターを使用して計算した結果のご披露であった。きたる2003年の大接近はメーウスの接近表でも紀元後最大の接近であることは西田氏の2000年の横浜懇談会での発表で知られていたが、ビーシュ氏の計算結果では、2003年の接近と同程度に視直径が大きくなった接近は57537年前にあったとのことで皆が驚いた。2003年の接近は文字通りの人類初の大接近ということで、さらに期待がふくらんだわけである。

 

 常間地さんの「アンタレス研究所訪問」の18回目は「ゆずりは」と題して、生物の世代交代と個体の滅びについて考察する。植物でも多年生の樹木は芽吹きと落葉とを繰り返し、滅びには動物に比べて長い時間がかかる。再生可能なものもある。どちらが進化の最終形として優れているのかは、神のみぞ知るところである。

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/Ant018.htm

 

 TYA#080は南氏の筆になる。扱われているCMO#116(25 April 1992)号には、筆者の観測ノートが、1988CMO観測ノート(18)として掲載されているためである。記事には10cm屈折で撮した火星写真が貼り付けられている。「100枚ほど、このサイズで焼き付けてくれ」と依頼のあったときには、新参のこともあって、他の方も同様にされているのかと思って引き受けたが、その後ナマ写真を貼り付けた『火星通信』は発行されたことはなかった。湘南台の寮にいるときで、幾晩か夜間作業で焼き付けを行った思い出がある。処理は未熟ですでに変色してしまっているものと思われる。ご容赦願いたい。福井ではご母堂の入院先で貼り付け作業をしたと記録されている。その他の記事はSomething Old (5)、日本語講座(4)、夜毎餘言27Word Watching 2」が掲載されている。

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/259tya80.htm

 

Click CMO ←→CMO Clicks (18)は、中国東北部で起きた大規模な砂嵐のニュースを伝えるウエッブページを紹介している。北京では昼間に車はライトを付けて走っていて、韓国では飛行機が欠航し、日本にも黄砂をもたらしていることを伝える。三月22日に発生したものは28日にはアメリカ北西部に到達した。四月1日にも別の砂嵐が発生して、黄海に拡がり、分枝は日本海北部に達している。以下のページのリンクからは今でも当時の衛星画像をたどることが出来る。 

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/click/cl18/cl18.html

                    村上 昌己 (Mk)


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