Ten Years Ago (185)

 

---- CMO #239 (25 January 2001) pp2883~2906  ----

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/cmo239/index.htm

 


しい世紀を迎え、『火星通信』も発刊から15年を過ぎ新しいサイクルに入ったとの感慨が冒頭に述べられている。この年も今年同様、日本海側では雪がたびたび降ったとのことで、15年前の1986年以来の積雪となったとのことである。

 観測レポートは三回目となり、16Dec2000 (λ=090°Ls) から15Jan2001 (λ=103°Ls)の報告がレヴューされている。ヘッラスが明るく捉えられていて、北極冠もみえ、主な暗色模様も同定されている。

 火星はまだ朝方にあり、視直径δ5秒台だが、観測報告は国内、国外五名ずつの、十名から寄せられた。国内では、福井、広島、沖縄から、アメリカからはパーカー氏(DPk)に加えて二名、ヘルナンデス氏Carlos E HERNANDEZ (CHr), ワシュータ氏Myron E WASIUTA (MWs)、イギリスから一名、ピーチ氏Damian PEACH (DPc)、ポルトガルから一名、シダダン氏António José CIDADÃO (ACd) からの報告があった。ピーチ氏は、この時はまだスケッチでの報告である。

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/01Repo03/index.htm   (English)

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/01Repo03j/index.htm  

 

1988/99 Mars CMO Note (17) は、「夕方のシュルティス・マイヨル雲」 "White cloud on the evening Syrtis Mj"と題して、北半球の春から夏にかけて見られる、シュルティス・マイヨルが夕方の縁雲に隠れていく時の様子を述べており、1988/99観測期の代表的な観測を取り上げ紹介している(λ=108°Ls~147°Ls)。地形を勘案しての考察もあり、シュルティス・マイヨルが明帯で中央で分断される現象を説明している。

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/99Note17/index.htm  (English)

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/99Note17j/index.htm  

 

"Forthcoming 2001 Mars" は、(その6)として「南極冠の生成と北半球の夏」 "The spc and the northern summer " Mn氏により草された。2001年接近期は北半球の秋分(λ=180°Ls)あたりとなり、前半(λ=090°Ls~λ=180°Ls)は北極冠の融解と、南極冠の生成開始時期にあたり、北極冠周辺の活動、山岳雲の消長、赤道帯霧の発生、南極雲生成の様子など、この期間に見られる現象を観測対象として注意するように促している。

 極冠交代説にも触れ、ヴァイキング探査機による1978年以降の観測により、火星大気中のCO2の凝固によるドライアイス極冠の生成時には気圧の低下、極冠の縮小時には気圧の上昇が認められていて、南北極冠はCO2の霜が主体で出来ていることが確実になった。従来のH2Oの雪や氷で説明されていた極冠交代説は再検討されるべきであったとしている。薄い水蒸気の移動は、朝夕の霧や山岳雲に影響をもたらし、水蒸気による季節変化の観測は、極冠の消長と区別してされるべきと観測の指針を示している。

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/coming2001/0106/06.html  (English)

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/coming2001/0106/06j.html  

 

LtEは、季節の挨拶を含め国内外多くの方々から寄せられた。Richard McKIM夫妻(UK)Alan HEATH夫妻(UK)David GRAY (UK),  Randy TATUM (VA, USA),  Brian COLVILLE (Canada), Daniel M TROIANI (IL, USA),  Don PARKER (Fl, USA), Frank J MELILLO (NY, USA), Audouin DOLLFUS (France),  章獻 (Taiwan),  André NIKOLAI (Germany), Myron E WASIUTA (VA, USA), Damian PEACH (UK),  António José CIDADÃO (Portugal), Carlos E HERNANDEZ (FL, USA) の国外の各氏から。

国内からは、常間地ひとみ(神奈川)、森田行雄(広島)、沼澤茂美(新潟)、熊森照明(大阪)、村山定男(東京)、山本進(滋賀)、伊舎堂弘(沖縄)、岩崎徹(福岡)、日岐敏明(長野)、比嘉保信(沖縄)の各氏からであった。

 

TYA(65)は、CMO#100 (10 Jan 1991), CMO#101 (25 Jan 1991) の二冊からで、20年前の火星は「留」を過ぎて順行に移ったところで「おうし座」にあり、夕空高く見えていた。1月初めにはλ=000°Lsとなって、南半球の秋分となった。視直径は15秒角を下回ったがまだ大きく見えていた。その後、115日には視直径は12秒角まで低下して、位相角も大きく欠けが目立ってきていた。北極冠の確認も期待されたが、中央緯度が南向きで北辺には北極雲の活動が見られるだけであった。

 記事としては、#101に「COMING 1990/1991 MARS(10) 見掛けの大きさや位相の変化(その4)」西田昭徳氏があり、1991年三月から五月末までの火星面経緯度図が掲載された。

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/TYA65.htm  (Japanese)

                                         村上 昌己 (Mk)

 


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