たかがヘッラス、されどヘッラス

1995年のヘッラスはいつ明るくなったか)


From CMO #174 ( 25 April 1996 )
-- 1994/1995 Mars Note
(10) --


English here


◇ヘッラスは明るく輝き、南極冠と間違えられるときがある、實際、北極冠と南極冠が同時に見えるという記述があれば、ヘッラスを見間違えたものである。

◇ヘッラスの動向については、スミス-スミスの青色光による分析があり、既にCMO #134 p1251に紹介してあるような經緯を辿るようである。ヘッラスが"非常に活動的VA''になるのは、エリュシウムやオリュムプス・モンスよりも遅く、090°Ls邊りからのようである。尚、スミス-スミスばワールドワイドで旦つ過去に遡って写真を利用しているので、平均化しているが特定地域の結果ではない。

 ◇例えば、筆者は前回の小接近の1980年の15Aprω=292°Wなどでヘッラスが白く明るいことを觀測していて、丁度093°Lsであったが、當時は他の地域と比較するという事が出來なくて、局所的な觀測に過ぎなかったわけである。1982年にも27Feb(091°Ls)等で、ヘッラスが朝方では青白く、中央では白くなっていることを觀測、次いで、29Mar(105°Ls)邊りでは、寧ろ顕著ではなく、但し夕方になると強く輝く、と言う記述が見られ(この時δ=14.6")5May(122°Ls)邊りでは白く輝いていた、等の紀録があるが、正直これらは約四十日間を隔てての觀測であり、個人もしくは日本に限っていては、同様な結果しか得られない。これは北極雲の霽れ上がりについての觀測でも同様だが、北極域は何時でも見えるのに對して(從って、勝手なことを勝手なところで言えるのに對し)、ヘッラスは時を隔てるので、單發觀測ではどうにもならない。

 ◇扨て、今回1995年のヘッラスは、季節の點からは來たるべき次の接近期に比べて條件は好くなかったのであるが、前哨戰としては適當であるし、明るいヘッラスは多少小さい視直徑にも耐えるので、

次回の參考の爲に少々調べておく。

 ◇時間的順序は逆になるのであるが、次の觀測を先ず擧げておく:

 

Iw-284D   13 Jly 1995 (125°Ls) ω=326°W φ=26°N

Id-073D   13 Jly 1995 (125°Ls) ω=329°W  φ=26°N

 

に於いて、Iw氏は"ヘッラスはくっきりと白く、可成りの明るさ"とし、Id氏は夕端のヘッラスは"南極冠と錯覚しそうなぐらい明るく輝く。異常なほど明るい"としている。

 

Iw-286D   15 Jly 1995 (128°Ls) ω=277°W φ=26°N

 

でもヘッラスが朝方でも明るいことを指摘している。尚、この時の視直徑はδ=05.3"である。◇以上は、Lsが可成り進んでいるから當然であるが、視直徑が斯く小さくなっても、この場合は觀測可能(な程顕著)という例であり、而も、觀測時間は短くなっているから貴重な觀測である。◇わが國からは、その前となると、六月上旬になる:

 

Iw-262D   05 Jne 1995 (108°Ls) ω=235°W φ=24°N

Iw-265D    06 Jne1995 (108°Ls) ω=256°W φ=24°N

Mn-715D    07 Jne 1995 (109°Ls) ω=299°N φ=24°N

 

Iw氏ほ何れも"強烈明るさ"を強調する。MnではCMに近いが、ヘッラスは大きくて白く極冠の様だとしている。従って、當然、既にVAの時期に入っている、◇そこで、更に一ヶ月遡るが、

 

Mk-248D    02 May 1995 (093°Ls) ω=295°W φ=21°N

Nj-191D   05 May 1995 (094°Ls) ω=279°W φ=21°N

Mn-659D  05 May 1995(094°Ls) ω=284°W φ=21°N

 

では、時期的にクリティカルであるが、Mk氏はヘッラス青白く明るいとし、Nj氏は"ポツカリ"という語を使い、Mnでは白く明るく丸く描いていて、但し、沈殿物の様な印象を受けるとある。◇その前の時期は觀測も多い。主なものを拾うと

 

Iw-242D  26 Mar 1995 (076°Ls) ω=275°W φ=17°N

 

では、"ヘッラス; 明るさがハッキリしてきている''という微妙な言い回しを使っている。

 

Nj-158D   26 Mar 1995 (076°Ls) ω=302°W φ=17°N

Iw-243D   26 Mar 1995(076°Ls) ω=304°W φ=17°N

 

では、ヘッラスは白く明るい。一方、筆者の觀測:

 

Mn-585D   26 Mar 1995 (076°Ls) ω=287°W φ=17°N

Mn-586D   26 Mar 1995 (076°Ls) ω=297°W φ=17°N

 

の前者では、ヘッラスは明るくなっているものの、明るい核がアウソニア・アウストラリスとの境にある點を指摘し、後者ではヘッラスの南部(南端)に明斑があることを觀ている。實は前者の様子はHST25Febの様子に似ているのである。HSTではヘッラス自体は朝方だが明るくはない。Id氏も

 

Id-060D   27 Mar 1995 (077°Ls) ω=312°W φ=17°N

 

で、ヘッラスに雲溜まりを觀測している。

 

Mk-238D    27 Mar 1995 (077°Ls) ω=325°W φ=17°N

 

では南東端に青味のある明部を見ている。更に

 

Nj-162D    28 Mar 1995 (077°Ls) ω=272°W φ=17°N

Mn-593D   28 Mar 1995 (077°Ls) ω=286°W φ=17°N

 

でも、ヘッラスはアウソニア・アウストラリスより鈍く、南端に明部が見られる程度である。つまり、077°Ls邊りでは、ヘッラス全体の明るさより内部の詳細が未だ出ているという處であろう。但し、

 

Mn-553D  20 Mar 1995 (074°Ls) ω=320°W φ=17°N

Nj-129D    20 Mar 1995 (074°Ls) ω=325°W φ=17°N

 

(このときδ=11.5")では、グリーンのフィルターを透して夕端でのヘッラスは非常に顕著で、北極冠程度の明るさは保っている(CMO#160參照)

◇序でに我が方からの二月末の觀測を若干拾って置く(HSTの時期と重なる)が、先ず

 

Mk-204D   21 Feb 1995 (062°Ls) ω=280°W φ=18°N

 

では、南縁に青灰色の薄明るい擴がりとしてみているが、明白ではないようである。写真では

 

Mo-143B   22 Feb 1995 (062°Ls) ω=269°W φ=18°N

 

が好いイメージで、ヘッラスは朝方に出ている筈であるが、明確ではない(南縁には明斑)。青色光でも暗い。肉眼の

 

Mk-206D    22 Feb 1995 (062°Ls) ω=269°W φ=18°N

 

では朝方のヘッラスは青味のある明るさだが、顕著ではないようである。

 

Mo-147B    24 Feb 1995 (063°Ls) ω=244°W φ=18°N

 

は時間的に早いが、エリュシウムが明確で、それに對し朝方のヘッラスは出ていない。これはエリュシウムの動きとヘッラスの動きにずれのある(後者の方が遅い)事を示す貴重な写真である。

 

Iw-183D   25 Feb 1995 (064°Ls) ω=253°W φ=18°N

 

では、これも早いが、ヘッラスは"ニュートラル"に見える由。

 

Mn-495D   25 Feb 1995 (064°Ls) ω=270°W φ=18°N

Nj-108D    25 Feb 1995 (064°Ls) ω=275°W φ=18°N

 

でも未だヘッラスは鈍く、寧ろアウソニア・アウストラリスの方が明るい。

 ◇以上が、わが方からの概観である(網羅的ではない點ヒラにご容赦、また單發的な觀測は省いている。理由は比較が可能でなければならないからである)。時間的に逆に辿っているが、問題はないであろう。結局二つの點に注意する:日本からは夫々063°Ls076°Ls093°Ls108°Ls125°Ls邊りの斷片的な觀測しか得られていない事、然しどうやら074°Lsから093°Lsの間にヘッラスは輝きを増して行った、と言えそうな點である。Apr 1995に相當し、この觀測が重要であるに拘わらず、われわれの方では地理的な問題で、缺けている譯である。

 

 ◇そこで、海外からの四月の觀測を參照してみる。(以下でコード名は掲載順にPRp:ラファェル()KGm:グリュッツマッヒェル()GTc:タイシャート()JWr:ヴァレッル(瑞典)DGh:グレアム()AHt:ヒース()NFl:ファウサレッラ()SWb:ホイットビィ()FM1:メリッロ()DPk:パーカー()RSc:シュムーダ()DLm:レーマン()氏であ)

◇先ず、四月初頭、歐羅巴に於いて、

 

PRp    04 Apr 1995 (080°Ls) ω=311°W φ=18°N

KGm    05 Apr 1995 (081°Ls) ω=308°W φ=18°N

GTc      05 Apr 1995 (081°Ls) ω=308°W φ=18°N

JWr      06 Apr 1995 (081°Ls) ω=298°W φ=18°N

DGh      08 Apr 1995 (082°Ls) ω=302°W φ=18°N

 

は重要で、何れもヘッラスが明るいことを特記している(前四者はCMO#160DGh#163)。特にKGm氏は"北極冠のように異常に明るい"とし、JWr氏は北極冠よりも明るいとしている。一方、DGh氏は北極冠ほどではないが殆ど同じ明るさとしている(δ=09.7'')GTc氏は=記号を使っているが、濃いフィルターでは見るのは難しい様である。次いで、

 

AHt  10 Apr 1995 (083°Ls) ω=295°W φ=18°N

 

では、白く明るく輝度は0.5となっている。同じ日、JWr氏はω=260°Wで眺め、朝方のヘッラスを普通に明るいとしている。13AprにはDGh氏もヘッラスを朝方に眺め、輝度2である。

◇この頃から美大陸の方へ移る。

 

NFl  10 Apr 1995 (083°Ls) ω=300°W φ=18°N

 

では、ヘッラスは輝度0.0である。また、

 

SWb   10 Apr 1995 (083°Ls) ω=341°W φ=18°N

FMl     12 Apr 1995(084°Ls) ω=342°W φ=18°N

DPk     14 Apr 1995 (085°Ls) ω=337°W φ=18°N

 

では、夕方にヘッラスが白く明るい。

 

RSc    15 Apr 1995 (085°Ls) ω=310°W φ=18°N

 

ではヘッラスの南方が明るく、

 

RSc    16 Apr 1995 (085°Ls) ω=320°W φ=18°N

 

ではヘッラスが際だって 明瞭としている。そして

 

FMl    17 Apr 1995 (086°Ls) ω=309°W φ=19°N

 

の紀録がある。これにはヘッラスが印象的で、南極冠の様であり、どのフィルターでも明確だが、特にW56でハッキリするので、表面の霜ではないか、というコメントがある。決定的なCCD写真は

 

DPk    18 Apr 1995 (086°Ls) ω=302°W φ=19°N

DPk    18 Apr 1995 (086°Ls) ω=316°W φ=19°N

 

で、ヘッラスは真っ白である。これで十分青色光でもVAということになるだろう。しかしながら

 

DLm    24 Apr 1995 (089°Ls) ω=275°W φ=19°N

 

の觀測ではヘッラスは朝方で、未だ必ずしも明るくない。

◇紀録としては、このあと東亜に移るのだが、目本では天候が冴えなかったわけである(筆者の場合21Aprから5 Mayに跳ぴ、やっとヘッラスの機會になる(上述))。五月の美國の觀測として二點だけ引用しておく:

 

SWb   22 May 1995 (101°Ls) ω=316°W φ=19°N

DPk     23 May 1995 (102°Ls) ω=318°W φ=19°N

 

ヘッラスは夕方で勿論眞っ白である。

 

◇明度に關しては主觀の入る餘地が多く、一次元的に比較は出來ないのであるが20 Mar (074°Ls)りにヘッラスが夕方で輝いていたものの、その他の觀測から、三月下旬は未だヘッラス全體に輝きが來ていなかったと思ってよいが、四月初めの080°Ls邊りのカーチャ・グリュッツマッヒェル(KGm)氏の觀測邊りで一ランク進んだように思える。次は、FMl氏の登場する四月中旬、085°Ls邊りで、もう一段階進み、085°Ls090°LsVAの段階に入ったとみるのが好いであろう。スミス-スミスの進み方に似ているが、印象としては今回は速い進み方をしているように思う。

◇尚、歐美に於いては、三月の上旬にヘッラスが際だって明るいという觀測があるのであるが、そうで無いという觀測もあり、ヘッラスの部分的な明部に関するものであろうと思われる。◇何れにしても今回は必ずしも好条件ではなかったので、絶好機の次回にはヘッラス近邊の動向についてはより好いデータが得られる様に期待したいものである。ヘッラスを押さえる事は、最も易しい觀測の基本である。

(Mn)


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