1998/99 Mars CMO Note
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from CMO #240


-- 1999年四月16(125°Ls)の黄塵--


 既に、#217 p2499 (英文はp2502)に報告したように、筆者(Mn)16 Apr 1999 (125°Ls)ω=048°W058°Wでマルガリティフェル・シヌスとマレ・エリュトゥラエウムの間に黄色い明筋を觀測している。前者は既に2000年版の『天文年鑑』にスケッチが掲載されたからご覧になっていると思うが、ここに圖を採録し、解説を述べたい。


 四月の16日と言えば、衝の直前で、12hGMT(夕方9JST)頃から觀測可能であったと思うが、この日は雨上がりの13:30GMTが最初の觀測になった。然し、初っ鼻からシーイングはgood(筆者は五階級で、goodは上から二番目だが、滅多に附けない)、南端が灰色であることやシヌス・メリディアニが夕端で淡い霧に侵されていること等が明確であった他に、かそけき黄色い條がマルガリティフェル・シヌスの南に走っていることも直ぐ知れた。弱い黄塵であることは明白であった。
シーイングはω=058°Wまで持續して、この黄條はそのまま見えていた。南端の灰色の地域の朝方には追って白雲が強く現れ、朝霧の擴がりは綺麗で、その下でソリス・ラクスは蒼色系、ルナエ・ラクス邊りは褐色系など。アルシア・モンスも入ってきており、オリュムプス・モンスも點として見える状況であった。
この日はω=122°W(聯續八回)觀測したが、シーイングは次第に劣化した。三回目のω=068°Wでは未だ、シーイングは充分であったが、マルガリティフェル・シヌスは夕端近くになり、夕霧に半分ほど侵され、黄塵を検出するのは困難になった。逆に言えば輝度はそれぐらい高くないということであったと思う。ω=078°Wでもシーイングは普通だったが、最早夕端に極近くこの角度ではマルガリティフェル・シヌスの輪郭さへ覺束かなかった。

 この黄塵について然し乍これ以上の觀測はないのである。同日はNj氏が缺測であったほか、Mk氏が10分違いのω=046°Wで觀測を行っているが、シーイングがpoorであった由。また、Hg氏にはω=065°Wから10°毎のVideo影像があるが、矢張りやや像が揺らぐ。
また前日の15Aprには筆者はω=042°Wから觀測していたのであるが、この日はシーイング不好で、よしや同じ現象が存在しても捉えられなかったであろうと思う。一方、17Apr以降の觀測も天氣が悪くなって駄目であった。再開は20Aprであり、Hg氏の像も22Aprまで跳ぶ(Mk氏は26Aprまで)

 16Aprの筆者の觀測も夕方だけであり、從ってカリフォルニアからハワイ邊りで朝方からお昼の觀測が可能であったと思われるが、例えばMarsWatchを見ても該當する時間帯に觀測がない。16Aprに擧がっている角度は、ω=212°W293°W329°W邊りであって、Ak氏の角度もω=084°Wω=098°Wであった。接近期のMarsWatchといえども案外と密度が疎で、これでは役に立たない。

 この地域の黄塵としては、E C SLIPHERの写真集のp107に收録されている10 July 1922 (187°Ls)邊りのものが好く知られている。マルガリティフェル・シヌス上に黄雲の塊がある。四日間持續したとされる。尤もE M ANTONIADIp125p126の記述に依れば、G FOURNIER他が29 June 1922には既にマルガリティフェル・シヌスが黄雲で抉られて消えかかり、6 Julyにはterminatorで白くなっていたとあるから前兆はあるわけである。この年の衝は10 Juneであったから、朝端ということになり、その後アメリカに移ったのであろう。

 もう一度の機會は、既に何處かで述べたように1984(11May)のピクでのA DOLLFUSの觀測に引っ掛かっているものである。13 April 1984 (132°Ls) 23:50GMT(ω=059°W)に、2メートル鏡で撮ったTP写真に出ている。露出はf/751(B光はf/424)、像は甘いのであるが、夕方のマルガリティフェル・シヌス上に黄塵があることは間違いない(Bでは余り出ていないので、エオスの雲よりdustが強いと思われる)--200cm鏡は106cm鏡より評判が悪い、例えばクアッラさんなどボロクソである。--ここに掲載するのは、写真をスキャンしたものである。昔、DOLLFUS氏に問い合わせたが關聯觀測は無いようであった。(同時期のDOLLFUS氏のB光写真はCMO#031 p0242に掲載してある。)

 時期的には1922年のケースは今回のものに比べて可成り遅く、1984年の場合は可成り近い。その幅は南極冠の完成(150°Ls邊り)を挾んでいて、氣壓配置の點で性質が違うであろうと考えられる。
今回の場合は東西に黄塵が棚引いているということに特徴がある。時期的に南極に大きな低氣壓部を持っているから、大域的には極の周りを等壓線が取り巻いて、それに從って地衡風か傾度風が吹いている筈で、これに黄塵が從ったものであろうと言える。氣壓差によって南極の方に氣壓傾度が生じるが、コリオリ力や遠心力が働いて等壓線に風の流れが沿う場合があるわけである。從って、東西に棚引くという點は力學的に意味があって、後者は計算できるから、南極冠の完成間近の氣壓傾度差を原理的には知ることが可能である。

 今回の場合は偶々暗色模様を侵したから觀測が可能であったが、今回のように激しくない黄塵はノアキスやソリス・ラクスの西方などで起こるとチェックは難しいだろう。然し、この現象を南極での炭酸ガスの缺落による波及現象として捉え得る點で、南極冠溶解期の黄雲とは違った分類が出來る。2001年接近でも似た現象の検出が望まれる。

(南政次)


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