アンタレス研究所・訪問

 

17Cc 飼犬Jjが十五年半の天寿をまっとうして一年が過ぎた。 去るもの日々に疎しと謂うが、この腕の中で最期の温もりが消えるまで抱きつづけた記憶は、一年が過ぎてもまだ生々しい。次の犬を飼わないのですか等と訊ねられるが、とてもとてもと首を振る。人は歳と共に人相が変わっていくが、犬もまた犬相が変わる。若い日のJjの顔は眼光も精悍で引き締まり、歳を取るにしたがって穏やかな顔になっていった。目も見えず聴力も失った晩年のJjは、まさに好々爺という表情であった。若い頃は互いにリードを引こうとしていたが、共に歩きつづけているうちに歩調も合ってきた。並んで道を歩きながら、Jjは時折軽く飛び上がって鼻面で私の手のひらを小突く仕草を見せた。一緒に歩くのを楽しんでいるようだった。私の具合の悪い時は歩調が遅く、時折振り返って気遣っているのがわかった。長年のうち次第にJjの足が遅くなり、はじめて犬の歩調に合わせて歩く散歩を味わった。道行く景色が違って見えた。そしてついには、歩けなくなったJjを抱いて散歩した。一緒に生きているということを実感した。

今年の二月15日の新聞にアメリカでクローンネコを誕生させることに成功したという報道があった。イギリスのクローン羊ドリーから始まるこれまでのクローン技術は、実験動物や家畜に限られていたが、所謂ペット(最近ではコンパニオンアニマルなどと呼ぶらしい)での成功は初めてである。記事には「将来は、かわいがっていたが死んでしまったペットをクローンでよみがえらせるペットビジネスに結びつきそうだ」という文面があった。成功したクローンの猫はCopy Cat、略してCCと名付けられた。

Jjの亡骸は、次第に体温が冷めていった。体の各細胞が少しずつ死んでいくのが感じられた。このまだ生きている細胞を増殖させれば、遺伝子的には全く同じ犬をつくることができる。しかし「時」を共にし、齢を重ねていく日々の「関係」の中で作られていった「Jj」は、再現することが出来ないのは明らかだ。遺伝子のCarbon copyが出来ても、「Jj」のCcは出来る筈もない。或る夜、流星を眺めるために地面に横になったことがあった。Jjがそこにいた。Jjは自分より目線が低くなった飼い主に驚き、必死の形相で顔を覗き込み、鼻面で私を起こそうとした。そのときは笑って顔を振り払おうとしたが、この時のことはきっと忘れないだろう。Jjは飼い主の死を恐れたのだということがわかったからである。

  (Ts)

・・・・『火星通信#258 (25 March 2002) p3291

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Ts-LtE in CMO #241 (Feb/Mar 2001)

 

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