2001 Mars CMO Note

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from CMO #258


2001年七月 ダエダリア-シュリア高原


0゚ 今回のグローバルな大黄雲が沈静化してから、様々な暗色模様がどのように變化をするか興味のあるところであるが、例えば既にダエダリアには暗斑が殘って、1877年、1973年の様な異様な様相を示しているらしいことはその後の觀測で判っている。2003年での詳しい觀測が待たれる。

 黄雲の發生中の暗色模様には少なくとも二通りの解釋があって、一つは明るい黄雲の隙間が暗色模様のように見える場合、更には表面の細かな砂塵が拂拭されて下地の暗所が現れた場合で、こちらは新しい暗色模様となるが、どちらも實際に可能であろう。

 歴史的にはダエダリアの暗斑は後者の例の代表的なもので、次第に砂塵に覆われるまで暗色模様であり續ける。

 

 1゚ 黄雲發生後、ダエダリアが日本から見え始めたのは9 July (16)邊りからである。既に、この時にはソリス・ラクスが消失し、ダエダリア・プラヌムからシュリア・プラヌムにかけて暗斑が出來ていた(ソリス・ラクスの消失は6 July、前號參照)。既にタルシス三山、オリュムプス・モンスは暗點として検出されている。これは周りが黄雲で明るくて、黄雲の上面の更に上に顔を出している山頂が暗點となった例である。一方、ダエダリアの暗斑は既に淺い砂が洗われてのものであろう。10 July ω=134Wでの阿久津 富夫(Ak)氏のccdカラー像は秀逸で、オリュムプス・モンスなどは茶色に出ているのに對し、ダエダリアの暗斑は冷色系であることは關係するかも知れない。

 2 ここではこの時のダエダリア・プラヌムの暗斑がどのような位置を占めていたか、13 July ω=107Wの熊森 照明(Km)氏の像から起こしたものを他の資料も勘案して示しておく。グリッドは必ずしも正確ではないであろうが、タルシス三山の位置を參考に出したものである。ポエニキス・ラクスは暗點として殘っているが、その南東のシュリア・プラヌムに暗斑は擴がっている。クラリタス・フォッサエ(パーシスの邊り)の東には大きな暗斑がある(10 Julyにも見える)。この邊りは丁度アオニウス・シヌスとポエニクス・ラクスの中間で通常は明部である。尚、ソリス・ラクスが消失していることは位置關係から明らかである。

 

 3゚ 序でに前號で引用した 韋龍(WTn)氏の17 July ω=084Wにグリッドの被せる。これによってアウロラエ・シヌス邊りの暗部がどうのように殘っているか判る。前號で扱った二本筋の黄塵を分かつ暗帶はタウマシアに張り出ている可能性がある。

 4゚ 序でに、HSTが撮った14 Augの像を引用する。ほぼω=090W頃の像であり、メラス・ラクス(メラス・カスマ)が黄塵で満たされて明確であり、アウロラエ・シヌスもワッレス・マリネリスによって二分されているが、黄雲が低く垂れ込めて暗色模様が少し見えるのであろう。尚、この像でもシュリア・プラヌムの10S20Sの範囲で090Wから100Wに掛けて暗斑が殘っていることは明らかである。ポエニキス・ラクスも見える。從って、七月中旬から八月中旬に掛けて黄雲の動きはあるはずであるが、暗色模様をドラスティックに動かすような然程の變化はなかったと思われる。

 

 5゚最後に先ほどのAk氏の像(10 July ω=134W)と既にCMO#249で引用した31 Julyの唐那・派克(DPk)氏の像(ω=134W)を並べる。31 Julyにはシュリア・プラヌムに一部に黄塵が立っているが、この時點では局所的なものであり、この後の姿が八月にはHST像の様になると思われる。

(南 政 次+西田 昭徳)

   


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