総合生存学館(思修館)での講義

  • 心の哲学-比較思想と実践的活用-
  • 人類の知的遺産の保存

研究活動

研究専門分野

  • 哲学、宗教学、仏教学、比較思想

概要

「智慧」や「自覚」という概念は、古代ギリシアの格言である「汝自身を知れ」、ないし仏教的な同趣旨の言葉「如實知自心」に基づいています。私はこれを、人文科学と世界哲学の鍵概念と考えています。私の研究は、仏教的な「智慧の探究」(philo-sophia)に関するものであり、文献調査、フィールドワーク、学際的共同研究を行います。仏教的な「智慧の探究」のパラダイムは、「聞・思・修」という伝統的な3段階のモデルで定義できます。そこから、目下、世界と自己に関する仏教の伝統的「思想」を、身心変容のための「修練」法に関連付けながら分析しています。私は、人文科学者として、とくに仏教の専門概念とその実践的意義を伝統的なコンテクストにおいて分析し、解明しようとしていますが、またそれを土台にして、瞑想やマインドフルネス(漢語: 念、注意を集めること)の技法を研究している臨床研究者との活発な対話も行っています。



研究の学際的方法論

1. 仏教文献における心身の理論と技法に関する研究

私が従来、専門的に扱ってきたのは、チベット人がどのように、インドから継承した仏教の諸伝統の複合体の一体性を、消化し、組織づけ、思い描き得たか、という問いです(図1)。とくに「古派」(図2)の刷新と、いわゆる「無偏運動」の勃興には、ロンチェンパ(1308-1363)、プラジュニャーラシュミ(1518-1584)、ジクメリンパ(1730-1798)、ジャムヤンキェンツェ(1820-1892)らの著作の解読を通して、注力してきました。中でもプラジュニャーラシュミは、後代に大きな影響を与えた著作『聞思修の甘露』(チベット語: Thos bsam dang sgom pa ’chi med kyi bdud rtsi)において、インド・チベットに伝わる修行の八系統の中核部分を、「智慧」(サンスクリット語: jñāna; チベット語: ye shes)をありありと開示すること、として描写しています。このように、心に関する古典的なインド仏教哲学から、チベットの聖典注釈書および瞑想指南書までをも視野に入れながら、「智慧」の主要概念を検証中です。目下、限定的に取り組んでいるのは、「大いなる完成」(チベット語ではゾクチェン)と呼ばれる、極めて高度な思想体系における「智慧」の特別なモデル(本体、本性、慈悲)について、ゾクチェン文献およびロンチェンパの聖典解釈、さらには、このモデルと心身問題(図3)との関係に依りながら、解明することです。




2. ヒマラヤ・チベット地域におけるフィールドワーク調査

私はフィールドワーク調査を通して、仏教文献の意味を、その本来のコンテクストに位置づけて理解することを目指しています。現在、北インド、ネパール、ブータン、中国領チベットのいくつもの僧院で調査(図4)を実施し、原典・文献・図像の収集(図5)、学僧や瞑想熟練者へのインタビュー(図6)を行っています。加えて、文化人類学的な観点からどのようにヨーガや瞑想の実践が伝統的な文脈と文化の中でなされているのかを、詳しく調査しています。




学際的な対話と共同研究

私の研究における真の意味での学際的協力の基盤は、まずは比較思想あるいは文化横断的哲学にあるでしょう。加えて私は、仏教学者と認知科学者との対話をいくつも共同で組織してきました。なかでも重要なのは、2014年の京都における、Mind and Life Instituteと京都大学こころの未来研究センターの共催によるダライラマ17世テンジン・ギャツォとの対話です(図7)。さらに私が参加している日本とフランスの共同研究論文集の計画では、アジアの諸文明を横断する仏教の多様性と普遍性の関係を考察しています。仏教は、その広がりを通して、アジアにおける「原グローバル化」の本質的要素になってきたのです(図8)。





研究のインパクト

私が仏教研究によって目指しているのは、アジアの伝統文化と歴史に関する私たちの理解を深めることと、私たちの来たるべき地球社会にとってのありうべき意義を明らかにすることです。それは次の3つに関して意義を持ちうるでしょう。すなわち、(1)文化遺産の保存、(2)異文化間の対話、(3)学際的統合と、健康・教育・指導者育成における瞑想技法の新たな応用。私はこの3つを通じて総合生存学に貢献したいと考えています。



求める学生像

文化横断的な哲学・倫理学・宗教学、さらに専門的にはアジア哲学・仏教哲学を、自身の学際的研究に統合したいと望んでいる熱心な学生と、一緒に研究できることを楽しみにしています。上記研究に関心のある他分野の学生であれ、また私と同じ専門分野の学生であれ、総合生存学館(思修館)の恵まれた環境を活かして、学際的研究や実践的応用を行いたい学生を心から歓迎します



経歴

フランスのポワチエ市に生まれ、2000年ボルドー第2ヴィクトル・セガレン大学人文科学部社会人類学・民族学科卒業。2002年同大学人文科学研究科社会人類学・民族学科専攻修士課程修了。2005年フランス国立高等研究実習院(EPHE、パリ) 宗教学専攻修士課程、2011年専攻博士後期課程終了、博士(文学・東洋学)(フランス国立高等研究実習院、EPHE、パリ)。同時に2008年から2013年まで京都大学大学院文学研究科文献文化学専攻(仏教学専修)留学 、博士後期課程終了。2012年から2015年までアンスティチュ・フランセ関西-京都(旧関西日仏学館)で思想史の講義担当者。2013年より京都大学白眉センター特定助教。2003年から現在に至るまでアジアにおいて、特に日本、台湾、インドネシア、タイ、中国、チベット、ブータン、ネパール、そして北インドにて仏教に関する数々の現地調査を行い、現在も継続中。Asia-Europe Foundationなどの機関と異宗教間対話を、またMind and Life Institute (USA, MA)をはじめとする諸機関と、仏教と科学の対話をそれぞれテーマに会議を共同組織。2014年より日仏東洋学会役員。2015年より現職。



著書

主要著書は『Islam-Dharma』(共編著) Prajñā (2003年) 、『Revisiting Tibetan Philosophy and Religion』(共編著) AMI (2012年)、『Buddhism and Universalism』(共編著) (近刊)、『Une quête tibétaine de la sagesse. Prajñāraśmi (1518-1584)』(単著) (近刊)など