理論シミュレーション、観測、論文の舞台裏

柴田一成(国立天文台)

はじめに(講演アブストラクトより)

 筆者は大学院入学以来17年以上の長きにわたって、天体MHD現象の数値 シミュレーション研究にたずさわってきた。MHD数値シミュレーションに 関しては、先輩も指導教官もいない全くのゼロからのスタートだったので、 独力で切り開かざるを得ず、舞台裏の裏までありとあらゆることを経験し た。ずいぶんと遠回りをしたが、結果的にはそれが現在の「体力」の元と なっている。扱う天体現象は太陽表面の活動現象(フレア、ジェット)から、 恒星形成域ジェット、巨大分子雲形成、銀河・降着円盤MHD、超新星残骸、 スーパーバブル、活動銀河核ジェット、宇宙磁場の起源にいたるまで、お よそ磁場に絡んだ現象なら、何にでも興味をもち、研究してきた。研究対 象の幅の広さという点では、天文学会の中でもおそらく10指に入るので はないかと思っている。
 一方、5年前に天文台に移ってからは、太陽X線観測衛星「ようこう」チー ムの一員となり、この数年は衛星運用、観測データ解析などの研究が主と なっている。(最近ようやく、理論シミュレーションや、太陽以外の研究に 戻りつつある。) 以上の経験で、スペースミッションと観測データ解析の 舞台裏はしっかりと見させてもらった。 これ以外に、10年ほど前に、野辺 山で恒星形成域分子双極流の電波観測を内田さんや海部さんと一緒にやった こともある。したがって、電波観測の舞台裏も多少わかる。
 以上のように、筆者は理論シミュレーションと観測の両方に経験がある数少 ない天文学者の一人であると思う。この経験を生かして、講演では、普段 フォーマルには言えないような内容を話した。(したがって、残念ながら、 ここにそのままの内容を書くわけにはいかないが、一応、話した内容のさわり ぐらいは書いておこう。)

数値シミュレーションはどこまで信用して良いか?

 ここでは、数値シミュレーションとは、 流体・(電磁流体)方程式を数値的に解くこと、とする。 流体・MHD方程式は、非定常・非線形・連立偏微分方程式なので、 exact に解くのは容易でない。 そこで、様々なレベルの近似解や order-of-magnitude estimate がなされ、観測家を惑わせることになる。 (注: 1次元定常の流体(MHD)方程式をコンピュータで数値的に解くことは、 普通シミュレーションとは呼ばれない。 望む精度で解が得られるからであろう。逆に言えば、 望む精度で解が得られないコンピュータ数値計算、すなわち、得られた 数値解が信用できるかどうか(厳密には)わからないようなコンピュータ数値計算 のことを、「数値シミュレーション」と呼んでいるようである。 このことからわかるように、数値シミュレーション屋になるには 「自分のやっていることは正しくないかもしれない」、という絶えざる不安に 打ち勝つだけのタフな精神力が要求される。もっとも、これは科学の フロンテアにいる者すべてにあてはまることはあるが。 とにかく、数値シミュレーションはどこまで信用して良いか? と一番悩んでいるのは計算している本人であることを理解しておこう。)
 以下では観測家も知っておくべき流体数値シミュレーションの話をいくつか 紹介しよう。

(a) 入門レベル 

 そもそも衝撃波や接触不連続面が、 有限格子間隔のメッシュ法で数値的に扱えるというのが、 ある意味では驚きなのであるが、きわめて簡単な差分法(例えば ラックス・ベンドルフ法)でも、とにかくそれなりの解が得られるのである。 ただし、何も手当をしなければ、衝撃波面や接触不連続面で 激しい数値的振動(もちろん数値誤差)があらわれて、ほとんど実用にならない。 そのために数値的振動を減衰させるための人工粘性という方法が開発された。 ただし、単純な人工粘性では不連続面がシャープでなくなる などの欠陥がある。数値流体力学というのは、まさにこの問題(数値的振動を おさえつつシャープな不連続面を実現する、という矛盾する要求)を 解決するためだけに30年の歳月をかけてきたと言って良い。 近年の著しい発展により、 流体力学ではこの問題はほぼ解決されたと言って良いだろう。 MHD はまだ問題によるという側面はあるが、これも近年の発展は著しい。
 ただし、銘記すべきことは、数値的振動が消せたからといって 結果がいつも正しいとは限らないこと、 逆に振動が残っているからといって結果が悪いとも限らないことである。 結果の正当性は、どこに着目するか、何を見たいかに強く依存している ことを忘れてはいけない。 同様に、今の問題では全エネルギーの数%程度の数値誤差 はつねにさけられない(局所的にはもっと大のこともある)、 ということも銘記しておくべきである。超新星爆発のメカニズムが 未解決であるゆえんである。
 以上のこと(数値流体力学入門)は、観測家といえども知っておくべき ことがらであろう。衝撃波とは何か、ということも、 これらのシミュレーションより、たちどころに理解できる。 (かく言う私も、M2の頃、シミュレーション結果の中に 衝撃波を「発見」するまでは、 衝撃波の何たるかをほとんど理解していなかった!)

数値流体力学入門は、将来、大学理学部の 必修基礎科目にしても良いのではないか、とさえ思う。

(b) 境界条件

 実は数値流体(MHD)で、最も難しいのが境界条件の扱いである。 特にMHDの場合は難しい。MHDでは自由境界(物質や波が自由に 出入りする境界)近傍の結果はまず疑って良い。 したがって、自由境界はできるだけ遠い場所に設定するのが 安全である。それが不可能ならば、周期境界や対称境界を用いる。 そんなのは観測と合わないと観測家から文句を言われても めげてはいけない。
 ここで、観測家からよく聞かされる 神話(偏見)を述べたい。それは、「シミュレーションは、境界条件をうまく 選んでやりさえすれば、思い通りの結果が出せる。 だから、観測と合う結果が出るのは当り前である。 境界条件の中に答えが仕組まれている!」 という神話である。 実は、このようなことを言うのは観測家に限らない。偉い理論家の中に も、これに類することを言う人がいる。 こればかりは数値シミュレーションの経験のない人に理解してもらうのは、 困難かもしれない。 とにかく数値シミュレーションは数値実験なのだ。 予想外の結果が出て来ることはまれではない。 無理に望む結果を出そうとすると、ひどい目に合う。 今のわれわれの問題(とくにMHDの場合)では、 境界条件をコントロールするのは至難のワザであり、一見コントロールに 成功したように 見えても、計算結果における真の境界条件は実は与えたものと異なっていた (計算が一人歩きして自分で境界条件を設定していた!)、 なんてこともあるということを知っておく必要がある。

(c) 少ないメッシュの計算からいかに真理を発見するか?  

 上で述べたように、シミュレーション屋は自分の計算結果に 非常な疑いをもっている。パラメータを変えたり、よりメッシュの細かい計算を したり、境界の位置を変えたりして、それでも、なおかつ似たような結果が出たら はじめて少しだけ信用するのである。もちろん同時に物理を考え、シミュレーション をしなくても類似の結果が order-of-magnitude estimate で導出できたら、 かなり信用するようになる。 全く独立に(半)解析的に結果が 導出できたら、なおのこと良い。ここに至ってはじめてシミュレーション 結果に自信が持てるようになる。 しかし、(同じコードを使っても)新しい問題をやるときはまたゼロから出発である。 いつもはじめは不信感、不安感との戦いである。 このような経験を異なる問題に関していくつかやって(いくつも論文を書いて)、 ようやくシミュレーション研究に自信らしきものが芽生えるようになるのである。
 その間、早まって間違った結果を公表したり出版することもあるが、 それは人間だからやむを得ないとしよう。慎重になるあまり大発見をのがすより、 よほどましである。
 私はその大発見を、のがしたことがある。
自分の計算結果をあまり 真剣に受け止めなかったために!
それは、現在バルバス・ホーリー不安定性 (あるいは magneto rotational instability)と呼ばれている不安定性である (Balbus and Hawley 1991, ApJ 376, 214)。 これは(外側ほど遅く)差動回転する磁気流体に必ず起こる 不安定性で、磁場による角運動量輸送が原因で発生する。 どんなに磁場が弱くても起こるので、磁場を嫌っていた降着円盤業界に 衝撃をもたらした。のみならず、長年謎とされていた降着円盤の(乱流)粘性の 起源も、この不安定性(の非線形発展)によってついに解明された。 この不安定性と物理的に同じ現象を、私は実に2度も見つけておきながら、 計算精度の粗さから、公表(あるいはその後の真剣な追求)を怠たり、 大魚をのがしてしまったのだ。
 1度目は、1985 年頃、内田さんと降着円盤と鉛直磁場の相互作用で 宇宙ジェットが形成されるという数値シミュレーション研究を やっていたときである(Shibata and Uchida 1986, PASJ 38, 631)。 磁場が強いときは円盤全体が magnetic braking により 落下すると同時にジェットが形成される。ところが、磁場が弱いときでも 円盤の表面は時間とともに落下するのだ。これはもちろん表面での magnetic braking として理解できるのだが、メッシュ数が少なかったので、 数値的な誤差もカップルしている可能性ありとして、あまり まじめに考えなかったのである。何より当時の計算機の能力でそれ以上メッシュ数を 増やすことが困難だったことが、それ以上の追求意欲を減退させた原因であった。
 2度目は、1989 年頃、 松元君、内田さんらと thick disk の場合のジェット形成のシミュレーションを やっていたときのことである。ここでも、磁場が弱いとき表面降着が 認められた。今度はメッシュ数は十分にたくさんあったので、結果の 正しさにはもはや疑いはなかった。 のみならず、このときは disk の中でも磁力線がぐにゃぐにゃ曲がる不安定性 も認められていた! まぎれもないバルバス・ホーリー不安定性である (1990年天文学会春季年会予稿集P18)。 しかし、再び数値的な現象かもしれないという議論がなされ、 (物理的にはもっともだと理解されたにもかかわらず) それ以上の追求はなされずに終ってしまった。 結局この論文が出版されたのは 1996 年になってからであった (松元ら 1996, ApJ 461, 115).

教訓:シミュレーション結果は少々精度が悪くても一面の真理は含んでいる ものである。物理現象の可能性ありと思ったら、追求の手をゆるめては いけない。(もう一つ大事な教訓があるが、講演を聞いた人なら おわかりであろう。)


Shu の X-wind モデルは信用できるか?

(a) Uchida-Shibata (1985) model はもう古い?  1985年に内田さんと星形成域分子双極流のMHDモデルを提唱してから 10年以上たった(Uchida and Shibata 1985 PASJ 37, 515; 実際の詳しいパラメータサーベイは Shibata and Uchida PASJ 38, 631)。 発表当時は好評を博し、1985年11月に池袋で開催された IAU Symposium では Uchida-Shibata model として拍手喝采を浴びたものだが、 世の中の変遷は激しく、昨今は東大天文の博士論文にまで、 観測は Uchida-Shibata model と合わない、と書かれる始末である。 本当のところは、基本的な物理はいぜんとして (当時は見つかっていなかった)高速中性風に適用可能なのに。
 分子流は高速中性風によって掃き集められた高密分子ガス流である ことが観測でわかってきたようであるが、これはまさに観測で決着を つけるべき話である。理論が言えるのは、降着円盤から磁気的に 加速される流れの速度は、その足もとの円盤のケプラー速度程度である、ということ だけであり、分子流をドライブしているのが高速中性風ならば、これこそが 降着円盤から磁気的に加速されている流れだということになる。 高速中性風の速度は 100 -- 200 km/s 程度なので、中性風は 中心星から 10 -- 20 太陽半径の辺りの降着円盤から流れ出している と理論的に予言できる(Kudoh and Shibata 1995, ApJ 452, L41)。
 なお、このことは すでに 1985年の IAU Symposium で、かの林忠四郎先生が次のように述べている (Proc. IAU Sympo. No. 115, p. 721.);

a considerable progress has been made by the work of Y. Uchida and K. Shibata, P. Pudritz and others.

(中略)
Now I think that it is better if the model of Uchida and Shibata based on their non-dimensional computation is modified in such a way that major accelerations occur in highly ionized regions, at a distance of 10 - 50 solar radii from the stellar core for L1551.

 近年は、 Shu らの X-wind モデルが大流行りであるが、Shu らの主張の 前半は、この林先生のコメントの焼き直しにすぎない。 一方、次節に述べるように X-wind モデル には問題点がいっぱいある。 観測家はそのことに気づいているのだろうか?

(b) Shu のモデルの問題点

 Shu らの X-wind model(1994) の最大の問題は、 resistive MHD 方程式をちゃんと解いていない、 ということである。かれらのモデルが過去の多くのジェットのモデルと 最も異なる所が、resistive な X 領域の導入であるのに、そこを実は ちゃんと解いておらず、一番あいまいにされている。
 次なる問題点は non-cold MHD jet/wind 解をきちんと解いていない, ということである。Kudoh and Shibata (1995, 1997) が強調したように、 non-cold 解を解かなければ mass loss rate はユニークに決まらない。 (non-cold というのは「ガス圧を無視しない」ということである。 ガス圧は jet/wind の加速に寄与しないが、質量流出率を決めるのに 本質的な役割を果たす。)
 最後に、 彼らのジェットの加速機構の物理は決して新しくない、 いうことを銘記する必要がある。 基本は Uchida-Shibata model や Pudritz and Norman のモデルと同じである。 むしろ、最近の Kudoh and Shibata (1995, 1997) の計算(1次元だが)の方が、 遠心力が効くケースと 磁気圧が効くケースがパラメータによってどう変わるかなど、 ジェットの加速の物理をより詳しく明らかにしている。

教訓:Shu 先生のような優れた学者と言えども万能ではない。 そのわかりやすい解説の手口にだまされてはいけない。


観測的研究は観測家にまかせて良いか?

 「ようこう」プロジェクトで実際に自分で大量のデータを 扱うようになってわかってきたことは、同じデータに 直面したとき、なんとまあ人によって見方が異なることか、 ということであった。私などは、宇宙ジェットへの興味が 出発点にあるから、「ようこう」軟X線ムービーを見て、 まず発見するのは、細長いジェット現象であり、つぎは 一般の噴出現象であった。噴出現象であれば、どんなに かすかでも目に止まり、磁力線はどうなっているのだろうか、とか、 加速メカニズムはどうなっているのだろうか、とか、 アイデアが山のようにあふれでたものである。 ところが、普通の観測家はそうでもないらしい。 かすかな噴出現象は私が指摘するまで見えないらしく、 またとりたてて、特別な興味を示すようでもないのだ。 この宝の山を目の前にして、何たることか、とよく 思ったものである。 太陽フレアにともなうプラズモイド噴出の発見 (Shibata et al. 1995, ApJ Let 451 L83)は、 まさに、そんな状況でなされたのであった。 このような経験を通して、私はついに次ぎのような経験則を 得るに至った。

 観測家が客観的にデータを処理しているというのはウソである。 主観的にデータを集め,さらに自分の理解のおよぶ 範囲だけを(あたかも客観的であるかのように)解析しているにすぎない。

 とにかく、探そうとしなければ,見つかるはずがないのである。 興味を持たなければ、あるものも見えてこないのである。 その意味で、理論家の観測データ解析チームへの参加は、本質的に 重要である。今や観測家だけで重要な現象が発見できる時代は終りを告げた と言って良いだろう。 それほど大量の観測データが得られる時代になったのである。

 観測データの解析と観測計画の提案ができる理論家 の育成が急務である。


論文引用の実態はどうなっているか?

 最後に、論文を書き始めたばかりの若い人を元気づける話を 少し書いておこう。

  1. (後年)著名になる論文でも、発表後数年間は全く 引用されなかった、というケースは稀ではない。 なかなか引用されなくても、がっかりすることはない。 そもそも、PASJの場合、1論文当たりの平均の被引用回数は、 たかだか 0.6 -- 1 回/年にすぎないのだ。(ApJ の場合も倍くらい多い だけである。)(柴田、平野 1991)

  2. 著名な研究者の書いた論文でも20年間全く引用 されないことが多々ある。(柴田、平野 1991) 1961 -- 1969 年に出版されたPASJ論文の場合、 20 年間に全く引用されなかった論文は、なんと21%もあった! したがって、 全然引用されなくても気落ちすることはない。 要するに良く引用される論文を一つでも 書くことが大事なのだ。(つまらない論文を書いても 減点にはならない。論文は気楽に書こう。)

  3. 著名な研究者の書いた論文が reject されるケースは 驚くほど多い。 (ある国際トップクラスレター誌の editor から聞いた話。) 著名な研究者だからといって論文は通り安いということはないのだ。 (意外と世の中は公正に保たれているものである。) とにかく、論文が reject されても気落ちすることはない。

     かの Parker 大先生の太陽風の論文だって最初は何度も reject されたのだ。 当時 ApJ の編集長をしていた Chandrasekhar が Parker のところにやってきて、 「お前はこの論文を本当に出版したいか?」 と何度も念を押すように 聞いたのだそうだ。 若き Parker は、「もちろん」、と答えたら、「よし出してあげよう」、 となって、ようやく出版されたのだという。そういえば、有名な Parker 不安定性の論文も、やはり最初は reject だったそうだ。 シカゴ大学の彼の研究室のセミナールームには、 首を絞められているにわとりの絵が壁にかかっており、そこには Never Give Up ! という吹き出しが書いてあるという。


参考文献

Shibata, K., 1996, in Solar and Astrophysical MHD Flows,
K. Tsinganos ed., Kluwer Academic Publ. pp. 217-247,
"Numerical Simulations of Solar and Astrophysical MHD Flows".

柴田一成、平野れい子、 天文月報、 1991年3月号 p. 86 「PASJ論文引用の研究」


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