ISMO 2011/2012 Mars Note #03

2012年火星観測期における遠日点期赤道帯霧

 

クリストフ‧ペリエ

(近内令一譯)


 今回の接近は火星の遠日点気候のある重要な定番現象を観察するのに最適であった;この現象の呼称は色々で、近年よく使われる aphelion cloud belt(ACB 遠日点期雲帯)、またの愛称equatorial cloud belt(赤道雲帯)、さらに別称low-latitude cloud belt(低緯度雲帯)等々…この内では最初の表現が多分最も要を得ていて、それは本稿でこれから説明するいくつかの理由によってこの現象が火星がその軌道上で太陽から遠ざかった時期にしか見られないからである。ここではACB(Aphelion Cloud Belt)の呼称を採用しよう。(日本語での呼称は長年CMOで使われている『赤道帯霧』とする:譯者註)

 

T−ACBに関する既知の事実

 

  火星の北半球の春の前半とそれに続く夏の大部分の期間中、火星像のほぼ中央あたりに白い雲の帯が見られる。これが赤道帯霧である。ACBはハドリーセル型の大気の大循環によって生じる白雲の活動である。図1に示すのは2012年に撮られたアマチュアによる最良の青色光画像の一つで、赤道帯霧が実に見事に見えている。

 

図1:Damian Peachによるこの素晴らしい火星の青色光画像では赤道帯霧の目立って明るい領域の一つであるクリュセ地方が主役を成している(下記参照)。

 

  地球上のハドリーセルは大気の環流的な動きで、赤道付近で上昇し、熱い湿った空気を上空に運んで雨雲が形成され、これを我々は熱帯収束帯雲列(intertropical belt of cloud)と呼び、たとえばインドのモンスーン現象の原因となっている。雨を落として乾燥した空気はそのあと回帰線付近で下降する。そのような大きなスケールの大気の環流現象は火星にも存在するが、地球とはいささか異なっている。地球上ではそれぞれの半球に三つの大規模な循環セル(ハドリー循環、フェレル循環、及び極循環)が存在することが知られている。他方火星では大部分の期間中ほとんど単一の巨大な循環セルが子午面循環を支配していて、その上行枝は夏半球に位置し、下行枝は冬半球にある。地球のような本格的な対流圏界面が存在しないため、火星のハドリー循環は非常な高高度まで達する(地球での数kmに対して火星では数十km)。この状況(単一ハドリーセル)が一瞬変わるのは春分及び秋分の昼夜平分時だけで、この時太陽直下点は赤道付近にあって、それぞれの半球に一つずつ、計二つのハドリーセルが活動する。図2の図解を参照のこと。

  2003年、2005年及び2007年に観測された赤道横断ダストストームについて筆者が論攷した際に、CMOの読者はすでに火星のハドリー循環についての解説を目にしているはずである(脚注1)。赤道越えのダスト活動は火星の南半球の夏期に見られる非常に強いハドリー循環(惑星気象学者たちによれば地球のハドリーセルの6倍強力)の下行枝に起因する。


2:2012年観測期の異なる季節に観測された火星大気の全般的な対流循環構造を簡略化した模式図(脚注2)。北半球の春分(λ=000°Ls、左図)には南北それぞれの半球に一つずつ、計二つのハドリー循環セルが存在する。

北半球の夏至(λ=090°Ls右図)では単一の循環セルしか残っていなくて(これは左図の北半球のセルが残って発達したものである)、上行枝は太陽直下点(25°N)付近にある。緯度00°(赤道)と25°N(北回帰線)の中間にある大気循環セルの頂点付近で水蒸気は凝華してACB(赤道帯霧)を形成する。

 

 北半球の晩春から夏にかけては、南半球の夏の同類よりも弱い単一の循環セルが活動する。北半球の夏の単一セルが弱い理由は火星が太陽から遠ざかっていて全球的な気温が低いからであり、従って風速も遅い。しかしながら南半球の夏の状況と逆に、北半球の夏の循環セルはその対流の最高頂点付近で水蒸気の凝華による雲の形成を見せる;これは南半球の夏には稀にしか観察されない類の気象活動である。その機構は以下の通りである:

(1) 北半球の春の間、北極地域は水蒸気を大気中に放出し続ける。水蒸気のガスはゆっくりと熱帯地方に向かって拡散していく。

(2) この季節の間、火星は太陽から遠ざかり続け、春後半のλ=070°Lsあたりで最も太陽から遠い位置、すなわち遠日点に達する。結果として全球的な気温はさほど上昇せず、北半球の春は南半球の春よりもはるかに涼しくなる。

(3) 春の盛りのλ=030°Lsを過ぎると太陽直下点は北半球深くに位置するようになり、その先の時期に登場する独特な夏期の単一循環セルの形成が始まる。

(4) λ=050°Lsあたりからは、北極冠から放出される水蒸気は雲の形成に十分な量となる。水蒸気ガスはハドリーセルの上行枝に取り込まれ上昇し、上空に行くほどどんどん冷たくなる大気塊に触れ始める。そしてあるところに来ると水蒸気が凝華できるほどの低い気温となる。北半球の春はかなり涼しいので、南半球の暑い春期に必要な高度のわずか半分の高度で雲の形成が可能となる。

 

MGS(Mars Global Surveyer)のデータの解析に当たっている科学者たちは、火星の熱帯地方の雲の季節的な推移動向について詳細な研究を実施してきている。我々はCMO#399でアルバ山の雲の画像を解析する際にWang等の論文を参照した(脚注3)。この研究からは赤道帯霧の形成についても以下のような要点が読み取れる:

(1) 雲帯が最初に形成されるのはマリネリス峡谷の北方でクリュセの西端あたりである;最後に形成されるのはアラビア(サバエウス湾の北方の太古の高地)あたりとなる。

(2) 赤道帯霧は北半球の春のなかばのλ=044°Lsから形成が始まり、λにして057°070°Lsで火星全周を取り囲み(脚注4)、夏至(λ=090°Ls)の頃に最盛期を迎える。

(3) 形成が完了すると、赤道帯霧が最も濃くて明るいのはタルシス山岳雲群を間にはさんだクリュセ及びアマゾニス両地域の上空である。アラビアは最も赤道帯霧が淡い地域のままで居残る。

(4) 赤道帯霧の実態はちょうど地球の巻雲と同様の繊維状である。λ=134°Lsを過ぎると細かい筋状の状態は影をひそめ、対流性のフワフワした房状(puffy)の雲が優勢を占めるようになる。

 

II2012年の赤道帯霧の分布マップ

 

  この研究の主要な狙いは、アマチュア観測者のデータによる試みとしては初となる、青色光で捉えた赤道帯霧の分布マップを作成することである。ISMO及びSAF(フランス天文学会)から集めた2012年の観測データでこのプロジェクトを達成するのに十分ではあった。しかしながら再度ここで強調するが、RGBLRGBの合成カラー画像を作成する観測者の内の少なからずが青色光画像を報告しないという事実はまことに嘆かわしい。このプロジェクトのために適切なB画像を探すのは骨の折れる作業であった;そしてB光画像の独立添付がないために使えない多数の素晴らしい合成画像を目にして実に残念であった。火星の気象の解析に当たってB光画像を欠いた画像セットは有用性が激減する。 撮像家諸氏よ、どうかB光画像を添付されんことを!

  図3に示すマップは以下のような方法で作成された。

(1) 非常に短い時間範囲の中で等質で良好なB画像を見つけるのが難しいため、時間   

 枠として火心黄経にして11度分の期間にして074085°Ls221日から318日まで)を採用した。前出のMGSのデータがより長い期間の時間枠内(火心黄経幅15度分)ごとにまとめられたことを考えれば、この11度分はそれほど長期間とはいえないだろう。

(2) 朝雲及び夕雲の影響を避けるために日中の陽の高い時間帯の赤道帯霧の観察のみに限った。各画像について火星時正午を挟んだ細い幅の短冊画像を取り出した(2時間幅、火星地方時(LMH)11Hから13Hまで)WinJUPOSLMH機能のおかげでこれが可能となった(脚注5)

(3) それぞれの画像短冊のコントラストを調整して、全体としておおよそ連続的なアルベドーレベルの階調が得られるようにした。このあたりがアマチュア主体の研究プロジェクトの限界を画するところだろうか。すなわち観測者たちはそれぞれ独自のデータ処理法を持っており、それ故火星像のディテールのコントラストに観測者間でバラつきが生じる:これが特にB光画像で問題となるのは、模様の低コントラストさ、地球大気による像の乱れやレイリー散乱等々の影響で良好なB光画像を得るのが難しいのがその理由である。しかしながら最終結果は専門家によるデータと良好な一致を見た。


 図3:アマチュア初の青色光画像による赤道帯霧の分布マップ。このマップはλ=074°Ls(2012年2月21日)〜λ=085°Ls(同3月18日)のデータを総合したものである。以下の4名の観測者による15片のB画像の労作により仕上げられた:Efrain MORALES(6画像)、Damian PEACH(3画像)、Yann Le GALL(3画像)、及びChristophe PELLIER(3画像)。このマップはWinJUPOSを用いて作成され、IRISでコントラストを極端に強調した。

 

  図3に見られる赤道帯霧の特徴が総て上述のMGSベースの専門家の研究で得られた特質によく合うことは以下の如くである:

(1) 赤道帯霧の最も明るい部分はクリュセの西部のタルシスに隣接する部分である。

(2) 赤道帯霧の最も薄い部分はクリュセとアラビアの中間の経度0度すなわち火星の本初子午線付近に位置する。

(3) エリュシウムの東側に赤道帯霧の緯度方向の“欠落”がある。

 

  さて、しばしば言及されることで、タルシス地域は赤道帯霧の最も明るい部分に属する、というのがある。しかしながらこの指摘は筆者にとっては奇妙に聞こえる。なぜなら、本稿の分布マップで明らかなように、かの巨大火山群がまさしく位置する経度には赤道帯霧のかけらも見い出せないからである。地方火星時の正午から午後早くにかけてこの地域に見える雲は山岳雲タイプに属しており、高高度の対流性雲列とは全く異なる現象である。これはむしろ赤道帯霧がタルシス地域上空で途切れているというべきであろう。しかしながら、広大な火山性の台地に特有な地形学的妥当性によって対流循環セルそのものがタルシス上空で不活性なのかどうかは判断し難い;もっと単純に確信できるのは、巨大火山群上で強烈な山岳雲を形成するために大気中から水蒸気が食い尽くされてしまったという考え方である。エリュシウム台地の東側で赤道帯霧が短く途切れているのも同様に説明が可能だろう。

 

III2010年のデータとの比較

 

  この手の研究方法で面白そうなのは、赤道帯霧の季節的な変化消長を捉えること、とりわけ火星全周を取り巻く前の動向を把握することであろう。しかしながら、2011/2012観測期の初冬(地球北半球の)にアマチュア観測者たちが得たデータは量、質ともに薄く、分布マップの完成は得られなかった。そこで、ここでは2010年観測期の衝近傍期間に得られたデータから作成した同様の雲霧分布マップとの比較を実施してみよう。この時期火星の季節は北半球の春の盛りの始めの頃で、発生機序の理論に従えば赤道帯霧の成長がちょうど始まったところであった。図4に結果を示す。

 


 図4:2012年の図3マップと同様の2010年観測期のマップ。火心黄経幅は14度分(λ=039°Ls(2010年1月17日)〜λ=053°Ls(同2月17日)。9名の観測者による13片のB光画像が使われた:阿久津富夫(2画像)、Peter GARBETT(1画像)、Bill FLANAGAN(1画像)、Michel LECOMPTE(1画像)、Damian PEACH(4画像)、Don PARKER(1画像)、Pete LAWRENCE(1画像)、Paolo CASQUINHA(1画像)、及びJean-Jacques POUPEAU(1画像)。

 

  2010年のマップにはクリュセ及びリュビア/アエティオピス地域あたりに赤道帯霧のわずかな徴候が示される他は何も見られない。暗色のアルベドー模様は2012年よりも容易に判別できて、これは白雲の存在が相対的に弱い結果であろう。山岳雲(タルシス及びエリュシウムの)の発達は非常に弱い(2010年期の火星時の午後の間は山岳雲はもっと顕著だったのだが、このマップでは地方火星時13H以降のデータは含まれていないことに注意)。他方この2010年マップ上で最も目立つ所見はアルカディア及びテムぺ上空に居座った白雲で、ずっと北方の緯度にある(西経で090度あたりの北緯45度付近)。これらの雲は対流循環セルタイプに属しておらず、本論攷の埒外である。しかしながらこれらの北方寄りの雲群は、水蒸気の南方への季節的な移動を追跡するに際して明瞭な気候的な道標となる:2012年期マップにはこれらはもはや認められない。

 

  結 論

 

  2012年観測期の赤道帯霧を、火星の当該季節での状況に完全に調和して上手く観察することができた。アマチュアベースの観測データから得られた赤道帯霧の特徴は総て、専門家の観測機材、地球軌道衛星望遠鏡及び衛星探査機のデータによる研究で確立されている赤道帯霧の特質とよく一致していると思われる―これはさして驚くに当たらない、というのは遠日点期の赤道帯霧現象は火星の気象現象の中でも間違いなく最も規則正しく起こる予測性の高い現象の一つだからである。感慨深いことに、朝夕の雲の活動を差し引いて赤道帯霧の分布マップを作成できるほどにアマチュア観測者の画像は良好になってきた。しかしながら、そのような分布マップをある観測期の任意の色々な時点で作成できるには未だ程遠い。残念なことに(当然ながらというべきか)火星の衝をはさんだ数週間をプラトーにその前後に離れた期間には観測数が激減するからである。

 

(脚 注)

(1) たとえば、IWCMOの会合での筆者の口演録をCMOウェブサイトで参照のこと:

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn5/2009Paris_Meudon_Talks_CPl.htm

(2) 火星の全般的な大気循環についての興味深い図解を下記のサイトで閲覧できる:

http://lasp.colorado.edu/~bagenal/3720/CLASS16/16EVM-Dyn2.html

(3) Wang, H., Ingersoll, A. P., Martian clouds observed by Mars GlobalSurveyor Mars Orbiter Camera, Journal of geophysical research, vol. 107, NO. E10, 5078, 2002

(4) この引用研究では火心黄経幅で15度までの時間枠内の画像をまとめている。

(5) 上記(3)の文献に掲載されているMGSの画像によるマップは火星地方時14Hに対応している。極軌道を周回している当該衛星が火星面を走査撮像するのがこの地方時刻であったからで、その結果MGSマップでは本稿のマップよりも赤道帯霧がかなり濃く示されているようだ。

 


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