ISMO 2011/2012 Mars Note #08

北半球の晩春のタルシス山岳雲の傾向

 

クリストフ‧ペリエ


  火星の正午回りの時間帯、朝霧の最後の切れ切れが消えゆく頃、よく知られたことだが、タルシス巨大火山群の頂上に非常に明るい雲が形成される (エリュシウム山の上にも同様に脚注1))。宇宙船が火星を周回してこれらが高山の雲だと判明するはるか以前より、地球上からの遠日点期の火星観測によってこれらの白雲は記録されてきていて、青色光写真上で見せる形状から“W字形雲”あるいは“ドミノ牌雲”と呼ばれていた。2012年の衝直後の火星の北半球の晩春の時期には、このようなタルシス山岳雲の最初の極大を好適に観測することができた (少々遅れて北半球の初夏にも山岳雲の極大が見られるといわれている)

 

 

I山岳雲

 

  高山の山腹を上昇する大気塊が冷却を続けて相対的湿度に対して飽和状態になったときに山頂に雲が形成される。これは地球上でもよく見られる現象である。通常、上昇気流は山頂に達する前に雲を形成し、条件によってはその上方に留まることもよくある。しかしながら、火星のタルシス火山群の上では状況は異なる:山岳雲は主に気塊の流れが山頂を越した後に形成され、風下側 (気流あるいは下降気流が吹いてくるのと反対方向の山のサイド) に発達する。最初の図はオリュムプス山にかかる山岳雲のMGSによる高解像度画像で、1999年の火星の北半球の盛夏に撮られたものである (タルシス山岳雲のシーズンとしてはかなり後の方にあたる)2012年シーズン (晩春;λ=080~085°Ls) にタルシス火山群の風下側に雲が発達した理由については、既にかなり以前の、1997年観測期の火星観測ノート#3に南 政次が説明を与えている: 山腹の東側を氣塊が這い上がり、恰も上昇氣流のようになる。而も、標高は27kmと言うから山頂山腹は長く日射を浴び、(地球の場合と違って) 熱源になっているから (滑昇霧は起こらず)、上昇してきた雲は更に山頂を越え、西側高くに至ってやっと凝結するということになる。これは多分山腹から離れてかなり高いものであろうと思われる脚注2) 結論として、山岳雲はタルシス火山群のそれぞれの山頂からはるか西側にずれて形成され、観測されることとなる。

figure1.JPG1:北半球の夏にMGSで撮像されたオリュムプス山の山岳雲。季節の正確なデータは不明 (19994月;λ=080085°Ls)。矢印は風の方向を示す。雲はオリュムプス山のカルデラ上に発達し、風下側に長く伸びている。気流の風向きの理由については下記のIV項参照。

Malin Space Science Systems

 

 

II山岳雲の規模の北から南への減少

 

  山岳雲活動はタルシス四山の総てに見られる:オリュムプス山 (Om)、アスクラエウス山 (As)、パウォニス山 (Pv)、及びアルシア山 (Ar)。しかしながら、これらの巨大火山の間には注目すべき雲の活動の差異が見られる。たとえば四火山にかかる雲の規模は決して等しくない。とりわけ、斜め直列の三火山の山岳雲の大きさは北から南に向かって興味深い減少を示す;最も貫禄があるのが北半球に位置するAs (11°N)、二番目が赤道上に位置するPv (01°N)、そして最も弱いのが三高山の中で唯一南半球に属するAr (09°S)。図2参照。

figure2.JPG
2:アスクラエウスからパウォニスそしてアルシアにかけて漸次減少する山岳雲の規模。

Martin LEWISによる2012314日の画像 (aλ=083°Ls ω=126°W)、及びJim PHILLIPSによる321日の青色光画像 (bλ=086°Lsω=153°W)

 

  このような差異を説明するのはさほど難しくない。これらの三巨大火山は高さと大きさがいずれも同程度なので、地形に山岳雲活動の違いを帰するのは妥当でないだろう。従って各火山の近傍の水蒸気の量の差が山岳雲の規模の違いを説明することになろう。アスクラエウス山は北半球に位置していて、北半球の春期の極地方の水蒸気の源に近く、また濃い朝霧のちょうど縁の部分に位置していて脚注3) 必然的に最も濃い山岳雲が形成される。赤道のほとんどドンピシャ真上に鎮座するパウォニス山は既に同じ源からの水蒸気の供給が欠乏の傾向を見せている。北極地方の水蒸気源から最も離れて南半球に遠く位置するアルシア山の山岳雲は三火山の内で最も淡い道理である (さらに、春期のハドリー循環セルがタルシス高地上に存在するならば、その気流循環の最高頂点は赤道を越えてすぐの南半球に入ったあたりとなって、アルシア山あたりの地表近くに十分な量の水蒸気を運べないことになろう)

 

 

IIIそれぞれのタルシス山岳雲が形成される火星地方時刻

 

  通例に従って、地方火星時的な見地から分析を実施して、興味深い事実が浮き彫りにされるかどうか調べてみよう。図3にタルシス火山群の朝やや遅くから午後早くにかけての様子の変化を示す。これらの画像から求めた北半球の晩春のタルシス火山群の山岳雲形成のタイミングの分析結果を下表に示す:

 

山岳雲が形成される地方火星時

アスクラエウス山

10h10h30m

オリュムプス山

10h10h30m

パウォニス山 

11h11h30m

アルシア山 

11h

 

figure3.JPG
3:火星時の正午あたりでのタルシス山岳雲の変化。それぞれのフレームについて各火山の頂上のLMH (地方火星時) が示されている。画像の撮像者は左から右にWayne JAESCHKE (324)Emil KRAAIKAMP (315)Damian PEACH (314)、及びYann Le GALL (315日撮像の最後の二画像)。三番目のフレームのオリュムプス山に見える全周光輪は雲によるものではない:カルデラを含むやや急峻な赤黒い山体を囲む高アルベドーの輪状の山腹が光輪の原因である脚注4)

(訳者註;2012314日では位相角はι=09゚なので衝効果の影響もあるかもしれない。)

 

 

この山岳雲の発達変化は北から南に向かって比例的には生じていないが、北方のタルシス火山、すなわちオリュムプス山とアスクラエウス山では火星の日中に山岳雲が、おおよそ一時間ほど他の二火山よりも早く形成されるようである。これは、北半球では得られる水蒸気の量が多くて山岳雲の形成が少し早まるだろうという見解と調和する。本論攷に用いたデータの精度では、アルシア雲がパウォニス雲よりも確実に早く形成されるかどうかの判定は難しい。

 

 

IV山岳雲の棚引き効果

 

  2012年観測期の火星地方時の正午から夕方にかけて撮られた画像では、山岳雲は卓越風に棚引かされて西方向に尾を引いて発達する傾向が見られる。図4にはタルシス地方の午後なかばの時間帯に撮られた二画像を示す。オリュムプス雲が最も印象的な尾を引いている(上出の図1も参照)。アスクラエウス山の雲はさほど目立たないものの、間違いなく尾を引いている。パウォニス雲にも棚引き効果が認められるが尾は短く、アルシア山ではもはや定かでなく、従ってここでも再び山岳雲活動の規模の北から南への漸減を見ることができる。図4DPcの青色光画像をWinJUPOSで計測するとOmAsの棚引き山岳雲の長さは共におよそ1000kmと計算され (後者が若干長いが淡い)Pvでは500600kmと約半分の短さである。

figure4.JPG
 4:午後の山岳雲の棚引き現象。画像はDon PARKER (a317日、λ=084°Ls、ω=184°W)、及びDamian PEACH (b311日、λ=082°Ls、ω=163°W) による。

 

 なぜこのような効果が見られるのか? 二つの原因理由が考えられ、それらは互いに関連し合い、しかも同時に効果を及ぼしている。最初の理由は貿易風の存在である。地球上と全く同様に、地表を吹くハドリーセルの戻り流は火星の自転に基づくコリオリ転向力によって西方向に振れる。北半球の晩春の単一のハドリーセルの下行枝は南半球に位置しているので、地表の貿易風は北西に向かって吹く;まさしく我々がオリュムプス山の棚引き山岳雲に見る方向である (1及び図4参照)。もう一つの理由はハドリーセルの上昇効果が午後早い地方火星時の地域から夕方の地域に及ぼす影響であり、早い時間の地域が太陽熱をより多く受けることが原因となる。これにより、西向きの卓越風の強度が時間と共に増加する。そしてまさしく、山岳雲の棚引き効果もまた時間の経過とともに増大する (4と図3を比較されたし)

 さて、アルシア山に山岳雲の棚引き現象が見られないのはどうしてか? これはこの火山の南寄りの位置がその理由ということで間違いなかろう。貿易風はこの緯度ではもはや効果を及ぼさず、また同時に秋半球の地方時午後の経度では地表が十分に熱せられず、西向きの地表風を起こすような気流循環セルが形成されないのだろう。まあ、ただ単に山岳雲が小さ過ぎて目に付くような尾を引かないだけなのかもしれないが。

 


結 論

 

  2012年観測期の北半球の晩春 (λ=080085°Ls) に観測されたタルシス山岳雲の活動には以下のような特徴的な傾向が見られた:

 

 ― 山岳雲は朝方の遅い時間帯に形成され、北寄りの火山 (オリュムプス山及び

アスクラエウス山) では、はるか南方に位置するパウォニス山及びアルシア山

よりもおよそ一時間早く山岳雲の形成が見られる。

 ― 山岳雲の規模の北から南への顕著な減少が明確に認められ、得られる水蒸気の

量の地域差によると考えられる。

 ― 貿易風及至は午後から夕方への気流循環セルに起因する山岳雲の強い棚引き効

果がオリュムプス山、アスクラエウス山、及びパウォニス山に認められたが、

アルシア山では棚引き現象は定かでなかった。

 

  将来の火星接近期で、もう少し遅いシーズンでの地球からの観測が可能な機会にこれらの山岳雲の活動の差異を監視するのは興味深いことである。特に、λ=130°Ls以降の北半球の盛夏に棚引き現象の消失するあたりでのチェックは重要であろう。しかしながら、これは地球上からは2016年まで観測できない。

 


( )

(1) エリュシウム山の山岳雲の傾向については将来のノートで論ずる予定である。

(2) タルシス三山とオリュムプス・モンスの朝夕雲 南 政次、CMO#20125 March 1998

(3) 先月号CMO日本語版 第405 2011/12 CMOノート(07)

タルシス高地内の明るい朝方の放射霧(クリストフ・ペリエ、近内令一譯)参照

(4) CMO 日本語版 第402号 (2012年九月25日号)の下記を読まれたし:

2011/12 CMOノート(04): 光輪を伴うオリュムプス・モンスの現れ方 (南 政 )

 


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