ISMO 2011/2012 Mars Note #07

タルシス高地内の明るい朝方の放射霧

 

クリストフ‧ペリエ


  朝霧の海を突き抜けてタルシス巨大火山群が頭を突き出す眺めの壮麗さは遠日点期火星接近期の目玉であり1)2012年には衝を過ぎた3/4月にしっかり観測された。この短いノートでは霧自体に焦点を当てよう;独特の特徴と実態がつかめるだろう。今回はその中でも特に、20123月初頭の衝のあとにタルシス高地内部に観測された非常に明るい朝方の雲に注目しよう。

 

I朝霧発生の気象学的条件

 

  火星の霧、霞、靄の類は地球上のそれらと何ら変わりない。霧は幾つかの種類に分類されるが、ここで検討する霧は“放射”タイプに属する。地球上では、寒い季節の晴れた夜には地面の熱は大気中に逃げて (放射して) いく。結果として地面に触れている大気は冷却されて重くなり、深い地形へと沈んでいく (盆地霧とも呼ばれる)。冷たく濃い大気は水蒸気の凝縮に都合の好い条件をもたらし、霧の形成が可能となる;火星ではこの惑星の特殊性で大洋も降水、降雪もなく、雲も非常に少なく、霧としては放射霧だけが存在できる唯一のタイプだろうか。

  最初の写真に地球上の明け方の放射霧の素晴らしい例を示す。フランスのGers在住のアマチュア天文家Patric Lecureuilによる写真。


 

IIタルシスの明るい朝霧

 筆者は39日から10日にかけての夜にタルシスを撮像しているときに、ラップトップのスクリーン上の青色光像上に既に色々綺麗に見えている雲の分布の中に一段と明るい部分があるのに気付き、それは北極冠を除いて像上で最も明るかった

2の菫色画像参照。

 

 

図2:タルシスの非常に明るい雲。 

2012319日の筆者の観測。

λ=086°Ls。菫色光画像。 

  

この雲はどこに位置しているのか?図3に比較のため筆者の画像の2日前の同じ地方火星時 (9h LMHあたり) Manos Kardasisが撮像した秀逸な画像を示す。同図のMOLA凹凸地図では明るい雲が形成されているところはオリュムプス山とアスクラエウス山とパウォニス山に挟まれた小さな盆地のように見える。その南西と北東にもタルシス高地内のやや低い地形があるようだ。


3:明るい雲の発生場所の同定。

画像 (a) 2012317Manos KARDASIS撮像(λ=085°Ls)

b及びcMOLA立体凹凸データによる比較。

 

 その時間的な変化も朝方の放射霧の振る舞いに一致する。明るい朝雲を30分ごとに撮像すると、地球上の地を這う霧が、朝方陽が高く昇るにつれて見せるのと同様に、一定のペースで消散していくのが観察される。

 

III朝霧の消散の詳細な記録

 

タルシスの明るい朝霧は既に過去の遠日点期接近期にも観測されているということから判る通りこれは火星の遠日点気候の不動の定番現象なのだろう。10年前にある科学者のグループがタルシスの雲の研究をAstronomy & Astrophysics誌に発表した2)。著者たちの記すところでは『オリュムプス山とタルシス三大火山の間に取り分け明るい朝雲が見られる。その中心は120°W10°Nに位置する。この明るい斑点をタルシスの朝雲と呼ぶことにしよう。()。午後早くにタルシスの朝雲は消失するか、明るさを著しく減少させる。朝雲が消散するにつれて、巨大火山群の上に明るい雲の斑点が見え始める』。これに続いて述べられるのは、1995414λ=094°Ls(今年の観測の季節よりも少々遅い) 撮像の三片の画像によるこの朝雲の時間ごとの変化であり、まさしく2012年に観測されたのと同様の変化を見せている。09h38m LMH:朝雲は三画像のうちで最も明るく、大きい。10h22m LMH:明るさ、大きさとも減少を見せる。11h25m LMH:雲はもはやほとんど見分けられない。この変化は2012年と変わるところがあるだろうか?

  2012年について、図4ではタルシス雲の八画像を並べて、ほとんど日の出から正午にいたるまでの完全な消長過程を示した。1995年と2012年を比較すると非常に好く似ているが、我々の方が観察の時間範囲が広いので雲の変化消長がより明確である。09h36m LMHには雲は半透明となっているが (淡いピンクの色調は霧を透して地肌が見えている証である)、明るさと大きさの減少はさらに早く始まっていることは09h00m LMHのフレームにすでに見て取れる。さらに雲の消散は続き、火星時の正午には完全に消失したといって間違いないだろう。注目すべきは、周囲の地域にも霧は見えているがそれらは薄くてはっきりせず、消えるのも早い。タルシスの明るい朝雲はずっと長く居残ってその重要性を訴えている。


4:タルシスの明るい朝雲の火星時数時間での変化。

以下の撮像者による (時刻は地方火星時):

Wayne Jaeschke (フレーム1 2012328 λ=089°Ls)

Christophe PELLIER (フレーム25 319—20 λ=086°Ls)

Damian PEACH (フレーム6及び7 314 λ=083°Ls)

地方火星時は赤羽論文と同じ基準点 (120°W10°N) で計算した

  

赤羽らの論文のタイトルは彼らがこの現象を低緯度雲帯 (現在我々は赤道雲帯あるいは遠日点期雲帯と呼んでいる) との関連で論究していることを示している。CMO#401で筆者は以下のように述べた;さて、しばしば言及されることで、タルシス地域は赤道帯霧の最も明るい部分に属する、というのがある。しかしながらこの指摘は筆者にとっては奇妙に聞こえる。なぜなら、本稿の分布マップで明らかなように、かの巨大火山群がまさしく位置する経度には赤道帯霧のかけらも見い出せないからである。地方火星時の正午から午後早くにかけてこの地域に見える雲は山岳雲タイプに属しており、高高度の対流性雲列とは全く異なる現象である。これはむしろ赤道帯霧がタルシス地域上空で途切れているというべきであろう3)。 今回の明るい朝雲の研究でこの考え方は確認された:この地を這う霧はACB (Aphelion Cloud Belt 遠日点期赤道帯霧) には属さず、したがって朝方においてさえもタルシスに対流性の赤道帯霧が観測されることはない。

 

IVいつの季節にタルシスの明るい朝霧は発生するか?

 

 タルシスの明るい朝霧の季節的消長が最後の問題となる。2009/2010 CMO火星ギャラリーを見渡すと、最初にこの雲を示したのはDamian PEACH (DPc)Bruce KINGSLEY (BKn)201042日及び4日に撮った画像であるが見え方は淡い(λ=072°073°Ls)。その後512日にDPcλ=090°Lsで得た秀逸な画像セットでは朝雲は明るく濃密である 図5のほぼ等しい火星地方時での比較を参照のこと。


5タルシスの明るい朝雲は2010年のλ=073°Lsから検出されたが、

北半球の夏至の頃の出方に比べると遥かに淡い。DPcの画像による比較

  

2012年には、221日及び22 (衝の2週間ほど前) の非常に早い火星地方時にそれぞれPeter GORCZYNSKI (PGc)Efrain MORALES (EMr)によって検出されている (季節はλ=072°073°Lsで、2010年にDPcBKnがこの雲の最も初期の画像を得たのとまさしく同じ季節)。その後、阿久津富夫(Ak)によって35日及び6(λ=079°080°Ls)に記録されているが、ここでも早い火星地方時にもかかわらず朝雲の見え方は依然として淡い。図6参照。

 


62012年の早い時期でのタルシス朝雲の検出。

これらの画像を、図4に示された内の同様の火星地方時で撮られた画像と比較してみると興味深い;

本図の画像では朝雲はまだ淡い。その出方は2010年の様子 (5) に好く類似しているようだ。

左からPGcEMrAkの画像。

 

  このタルシスの朝雲はλ=070°Lsあたりで形成を始めるようだが、明るい状態に達するにはλ=080°090°Lsまで待たねばならないだろう。λ=070°Ls以前には水蒸気はまだ北方高緯度帯域に限定されて留まっている (タルシス朝雲の発生位置よりも30°高緯度の40°Nで見られるアルバ雲の第一の極大がλ=060°Ls近辺で起こることを思い出してほしい)

 


( )

(1)Shadowy Summits of Tharsis Montes and Olympus Mons Poking out from the Morning Mist” in CMO #374, by M.Minami (9th note of the 2009-2010 apparition).を読まれたい。

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn5/CMO374.pdf  1386p

(2) Diurnal variation of Martian water-ice clouds in Tharsis region of the low latitude cloud belt: observations in 1995-1999 apparitions. Akabane T., Nakakushi T., Iwasaki K., Larson S.M., A&A, 384, 678-688 (2002). Available at http://dx.doi.org/10.1051/0004-6361:20020030

(3) The aphelion cloud belt during the 2012 apparition of Mars, ISMO 11-12 Mars note (3), Pellier C., CMO #401

2011/12 CMOノート(03): 2012年火星観測期における遠日点期赤道帯霧、 クリストフ・ペリエ、近内令一譯

 


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