ISMO 2011/2012 Mars Note #09

北半球の晩春のエリュシウム山岳雲の傾向

 

クリストフ‧ペリエ

近内令一


   2012年接近期の火星ノート#8では、火星地方時での日中を通して (朝から晩まで) のタルシス山岳雲の消長変化を検討した。本稿ノート#9では同様の調査をエリュシウム火山性楯状地について実施し、タルシス山岳雲との類似点あるいは相違点について絞ってみたい。エリュシウム山の山頂高度は、タルシス火山群のいずれの巨大火山よりもはるかに低い (タルシス群の2027Kmに対してエリュシウム山は15 Km)。したがって、エリュシウム地域にかかる朝霧はタルシス地域を覆う朝霧よりもまあともかく不明瞭で薄いとはいえ、エリュシウム山の山頂が朝霧から頭を突き出して (poking effect) 観測されることはない。

 

   1Jim PHILLIPSによる衝直後の画像でλ=082°Ls

エリュシウム雲は画像のほとんど真ん中で輝いている。

 

 

I―エリュシウム雲の時間ごとの消長

 

   図2にエリュシウム地域での早朝から午後早くにかけての青色光での変化を示す (カラー合成画像でなくB光をここで敢えて選んだ理由は、エリュシウム地域の西側に隣接した地肌に明るい弧状のアルベドー模様があって、RGBLRBGカラー画像では雲の様子と紛らわしいからである…《訳者註1》)

エリュシウム雲が見え始めると思われるのは、Don PARKER2012314日のB画像の11h LMH (地方火星時) のあたりであり、すなわち10h30m11h LMHに雲が形成されるといって差し支えなかろう。これはオリュムプス山やアスクラエウス山の山岳雲形成よりかなり遅いタイミングである (脚注1) が、エリュシウム雲ははるかに小さく、いったん形成されるとその後の成長ペースはより早い。この早い発達ペースはタルシス地域の北寄りの火山群と共通しているようだ。

 


2:火星の朝方のエリュシウム雲の成長。12h12m LMHには雲は容易に見えるが、11h LMHでは辛うじて認められる程度である。B画像は左から順に、阿久津富夫 (331)Jean-Jacques POUPEAU (313)Don PARKER (314日、2フレーム)、およびEfrain MORALES (310)による。火心太陽黄経の範囲はλ=082083°Ls、ただし阿久津富夫のλ=091°Lsを除く。

 


   エリュシウム雲はその後時間とともに明るさを増すが午後前半は小さなままで、午後半ばのある時点に来ると急速に拡大を始めて、ほどなく山頂だけでなく山体全体が雲に被われるようになる。この様子はDamian PEACH229日から31日にかけての画像セットにも好く見えている (3)。注目すべきは、この季節では火星地方時の19hあたりにエリュシウム地域に日没が訪れるので、さらに数時間雲が発達する可能性があるわけだが、残念なことにベストのシーズンの火星地方時の遅い時間帯には角度の関係で地球からはこのあたりは見えない。

 


3:午後の時間帯でのエリュシウム雲の拡大がPEACH撮像の2012229日から    

31日にかけての画像で認められる。撮像間隔は1時間36 (15h12m16h48m LMH)

 

 

II―季節的な変化について少々

   2012年の衝あたりに観測された季節は (北半球の晩春) 多分エリュシウム雲を観察するのにベストの時期ではない。再び、同じ火星地方時で地球の一か月分の期間を隔てて撮像された二片の画像を比較してみると、初夏の方がエリュシウム雲は大きく見える (4)

 


4:異なる季節の同じ火星地方時 (14h LMHあたり) に捉えられたエリュシウム雲。

左:λ=081°Ls、右:λ=096°Ls Efrain MORALESによる画像 (310日及び412)

 

 

III―“棚引き効果”はあるか?

   タルシス山岳雲で観察される中で最も顕著な特徴の一つは、現地の午後の時間が進むにつれて雲がどんどん西に向けて発達するという強い傾向だろう (CMO#406参照)。これは間違いなく広域の大気循環セルに基づくもので、風下に位置する暖かい空気が上昇傾向を持つことに因る。エリュシウム上でこの効果を見るのは難しく、上に書いたように、日中の遅い時間帯ではこの地域の雲は棚引くよりはふわふわと丸くなる傾向が強い。タルシス山岳雲との違いは地形に起因するのかもしれず、エリュシウム山はオリュムプス山よりもはるかに小さいので、棚引き効果も小さ過ぎてアマチュアの画像では検出できないのかもしれない(近内令一も同じ見解を持っている―私信による。…《訳者註2》)。しかし緯度の違いも影響しているかもしれない;エリュシウム山は北緯25度に位置していてオリュムプス山よりも緯度が7度高い。何らかの理由で、大気循環セルの巨視的な効果は北緯25度においては不活発、ないしは活性度が弱すぎるのかもしれない。まあ地形的な理由の方がより妥当そうではあるが。

 

 

結  論

   エリュシウム山岳雲はタルシス山岳雲と同類の現象である;しかしながらそれは地形に起因すると思われる独自の特徴を持っている。次の2014年の接近期には、衝前に好適な季節での現地日中の遅い時間帯での観測機会が得られることとなり、今回と同様に、エリュシウム山岳雲活動についてさらなる根本的な知見が収穫できるか問いかけることとなろう。


:タルシス山岳雲活動についての詳細な分析は CMO 406を参照。

 

訳者註1:昨年 (2012) 3月に訳者は2011/12  ISMO Mars Galleryを閲覧していて、エリュシウム山のすぐ西側に非常に赤味の強い、風に斜めに傾く遠方の蝋燭の炎のような形状の明部が多数のカラー合成画像上に見られることに気付き、IRRGB光所見の比較から雲霧の類ではなくて、古典的なエリュシウム五角形の北西辺に内接する明るいアルベドー模様であると判断し、本稿の著者ペリエ氏らに指摘した。ペリエ氏はESARosetta探査機の画像やMOLAの立体地形図と突き合わせて、この赤色味の強い明部がエリュシウム台地の西側の周縁部傾斜に一致したアルベドー模様であると結論した。B光、UV光以外の画像では著者の言うように確かに雲と紛らわしいかもしれない。

Solar & Planetary LtE for #39636日付けの訳者の英文LtE、および37日付けのペリエ氏のLtE参照。

訳者註2Solar & Planetary LtE for #408 214日付けの訳者の英文LtE参照。


日本語版ファサードに戻る / 『火星通信』シリーズ3の頁に戻る