アンタレス研究所訪問 

   

§1. 天天天天、一様的天(蔡琴) CMO#240の第一頁冒頭(補註参照)の「由天秤座侵入天蠍座」には、ちょっとした洒落がある。天蠍(実際は天蝎)は天に置かれた蠍(さそり)だが、天秤は天に置かれた秤ではないだろうからである。中国には「天」の付く星座が一ダースほどあるらしい(補註参照)。そのうち白鳥座の天鵝座も含めて、天にあげられたか(あま)かけるという意味だろうが、天秤はヘンである。現代中日辞典によると、「天秤」は「天平」(tianping)となっている。これは台湾で「湯麺」と書くものを大陸では「湯面」と書く類かと思ったら、さにあらず『和漢三才図会』(江戸時代、1712?)には、「天秤」(テンビンは唐音)は「天平」の間違いとあり、天平(針口)法馬(分銅)、即ち衡(竿)の左右に盤()を設け、法馬と物との軽重を秤るものであるとある。ここには横木の両端に物と分銅を置く皿を下げ、横木の支点となる中央から全体を吊り下げるタイプの秤の図が描かれている。一方所謂「秤」は「稱」(称は略字)のことで、権()と衡(横木・竿)からできた「権衡」という「竿秤」の事を指すようである。『天平の甍』は「てんぴょう」で、呉音とすると、唐音の方が新しい。しかし、天秤そのものは歴史的に相当古いのである(天秤棒も)。諸橋轍次『大漢和辞典』には、「天平」(てんへい・テンペイ)とは「天が平和である」「天に変異が無い」「はかり」「天秤」とある。どこかで、変異があるが、どうもよく分からない。『文明本節用集』(古辞書)には「転平(テンビン)」とあるから、「天」は当て字の可能性もある。「平」の方は幾らか納得がゆく。「平」は「おだやか」「正しい」「等しい」「正す」「定める」「なる」そして「わける」即ち辧に通ずる、分かち治める、たひらに配るの意を表すとあるから、秤より原義であろう。諸橋によると「天」は「大と一の合字」「おおぞら」「高い」「尊い」の意だそうだが、天秤がそんなに大げさなものであったのであろうか。裁判官・弁護士のマークであったとしても、誰もそれほど信用しない。

 とにかく「天秤座」の「天」は他の星座の様に「天の秤」「天に上げられた秤」という意味ではないであろう。せいぜい上()から吊り下げるタイプの秤ということなら、例えば「天琴座」風に呼んで「天天秤座」ということになる。

 因みに英語のbalanceには「はかり」「天秤」「平衡」「釣合」「調和」「安定」「平静」という意味がある。天の天秤座(Libra)は、隣の乙女座になっている正義の女神アストレアが人間の善悪を裁くのに用いた天秤であるという。かつて秋分点が天秤座にあって、昼と夜が等しくなる、バランスの取れた季節になる、ということをシンボライズしているという話もある。

 天秤座はさほど話題になることもなく、目立たぬ星座で、この星座の「和名」は何処にも無いようである。 (Ts)

・・・・・・・『火星通信#242 (25 April 2001) p2971


(1) タイトルの蔡琴(TSAI Chin)1979年にデビューした臺灣の女性歌手で、歌星の一人として有名。CMO同人でもMn氏やOs氏のようなファンが居る。Os氏は実際臺北で蔡琴のリサイタルを聴いているそうである。「最后一夜」、「傷心小站」、「談心」などがいい。「天天天天」もアルバムになっている。2001年には「繼續」が出ている。

 

(2) CMO#240(2001年二月25日號)の火星觀測報告(2001年一月後半+二月前半)の冒頭は次のようになっている:「♂・・・・・・火星は由天秤座侵入天蠍座、順行。14日西方照(台南天文之友2001年二月 No.179より)。實際いつだったかアンタレスが近くに昇って來ているので吃驚した。20 Febには蠍ベータ星の近くまで降りて、二重星の様に見えていた。13 Feb GMT (14 Feb JST&TT)には西矩となり、これからは南中の火星を暗い内から狙える。・・・・」(p2907)。火星が順行して天秤座より座に入る、という記事は臺灣の「台南天文協會」の記事の引用であることが分かる。『台南天文之友』は『火星通信』と同じく1986年に発刊され、月刊誌で既に200號を越えている。

 

CMO 2001 Mars Report #04  http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/01Repo04j/index.htm 

 

 

(3) 邱國光(現・臺北市立天文科學教育舘長)作製の『天文星圖(中國古天文與西洋星座對照圖)の中から一部「天秤座」「天座」のところを拝借する。圖の中の「天檀」座(Ara)は日本では「祭壇座」となっている。本文でも触れたが、白鳥座は「天鵝」座、琴座は「天琴」座・・・であるが、以下参考のために旧臺北市立圓山天文臺編の『天文年鑑』によって「天」の附く星座を挙げる。

 

天兎 (うさぎ座)

天鴿 (はと座)

天鶴 (つる座)

天龍 (りゅう座)

天琴 (こと座)

天鷹 (わし座)

天箭 (や座)

天蝎 (さそり座)

天鵝 (はくちょう座)

天壇*(さいだん座)

天秤 (てんびん座)

(やまねこ座)

天燕 (ふうちょう座)

天爐 (ろ座)

 

 

* 「壇」が普通名詞ならば「天壇」は天にある壇だが、「天壇」は北京の天壇公園で有名。明・清の皇帝が五穀豊穣を祈願して祭天儀式を行ったところ。梅原龍三郎や鳥海青児などが祈谷壇(土台)と祈年殿を「天壇」として描いている。起源は明の永楽帝(十五世紀)の「天地壇」らしく、のち、「天壇」と「地壇」に分かれ、更に「月壇」「日壇」「社稷壇」「先農壇」が故宮を取りまいているようだ。

 


                                

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