新人のための

CMO 火 星 観 測 入 門

2011/2012年版

村上 昌己 (CMO/OAA)


0. 火星の観測の意義

 

ときどき、今さら火星の観測の時代でもあるまい、というような話を耳にします。火星人がいるなどと思われていた時代は遙か過去のことであるし、人工衛星や宇宙船が飛ぶようになって、運河すらなかったではないか、もう地上から火星を観測するというようなことは意味がないのではないか。火星の話なら、ヴァイキングの得た結果とか、パスファインダーの活躍とか、或いは最近のオポチュニティがどうだったかの話を聞かせてくれ、という様な話です。

 

 確かに、火星面上の微細構造などいまではマーズ・グローバル・サーヴェイヤー(MGS200611月には故障)などで行き届いた情報が得られますし、地上からの望遠鏡による探査には限界があることは確かです。しかし、地上からの観察の時代が終わったと考えるのは早計です。もしそんなことがおこると私たちが毎日肉眼で眺め判断して生活していることが無意味ということになりかねません。人間のスケールは今後もさほど変わらないでしょうし、私たちの背たけに合った科学というものを忘れてしまうのは危険でさえあるのです。

 

火星は、古来、人類の科学的な心に沢山のヒントを与え続けてきました。近代科学の幕開けはニュートンの力学以来といってもいいでしょうが、もとをただせば火星の不思議な運動がケプラーの法則を生みだし、それがニュートンの力学を導いたのです。また、ホンヘンス以来、惑星のうちでその固体の表面の濃淡模様がつぶさに観測出来るのは火星だけであるということから、先人の興味を引いてきたのですが、その動向は天文学だけではなく、科学の発達と併行して来たことを思い出すのも必要です。

 

勿論、火星に関して言っても解決済みの事柄もあります。しかし、例えば、昔から知られる極雲の働きや黄雲の成因、その発展の可能性などについてはいまだ謎だらけで、しかも発生や拡大の様子についてはいまだ地上からの観察が欠かせないだけでなく、更に過去の観測結果との整合性を比較できるという点でも今後の地道な観測が求められているといえるのです。その他白雲の働きなども含めて、火星の気象上の問題点については地上観測から発言すべきことも多く、むしろオービターが活躍するからこそ、従来の詳細観測にかわる火星大気の動向の観測は重要性を増しているとさえ言えるのです。

 

 どの様な科学でも、適用限界の問題があり、探究の対象によって方法や見方をかえなければなりません。例えば穀物の生育状態をどの階層で調べるか、その目指すところによって、方法も異なります。ある地方の一ヘクタール内の成育をつぶさに調べるには、そこに降りたって調べるのが順当です。しかし、もう少し広い領域に関して年度内の成育状況を把握したり予測したりするには、リモートセンシングによる統計の方が、結果は粗いのですが、役に立つことが多いのです。例えば、土地の汚染状況などは、統計的な結果の方が重要です。また山の汚れが海で見えたりすることもリモートセンシングの一種です。同じように火星面上の瓦礫の探査が済めば火星に関して知識を得たことにはならないでしょう。例えば北極冠内の細かな成分の探査も重要ですが、北極冠と上空が季節毎に果たすグローバルな働きもより重要です。地上からの観測は一種のリモートセンシングに当たります。最近はMGSMARSIの近接カメラ像や、TESTHEMISの結果などとの比較において地上からの観測がより有効に使えると考えられるのです。

 

 ここでは、火星の地上からの観測が、科学的な目を育てるというような活動の場として有効である、という考えで、いくらか初歩的な観測方法を述べることにします。古くから、火星が接近時に星座間を妖しく動き回ることや赤い光を放ちながら光度を著しく変化させることなど、まさに「惑星」という対象でした。昔、中国では 熒惑と言われましたが、ここには魅惑的という意味も含まれているのではないでしょうか。火星は依然として、熒惑なのです。

 

 

1.火星の接近とは

 

 火星は地球のすぐ外側を周期1.88年で公転しています。そのためおよそ22ヶ月毎の会合周期で地球に接近します。内側を廻っている地球が火星に後方から追いついて接近し、「衝」となり、追い抜いて行くという関係を繰り返しながら太陽の周りを廻っています。

 地球から見る火星は、太陽との「合」のころには視直径は4秒角を下回り、表面の様子を捉えることは難しいのですが、朝方の空から「西矩」をすぎて、だんだん接近してくるとともに表面の様子が容易に観察可能になります。肉眼でも視直径が8秒角を越える頃から濃淡模様や極冠が捉えられるようになるでしょう。15秒角を越えれば、中口径の望遠鏡で著名な濃淡模様の同定が可能です。「衝」の頃には接近して夜半の空に巨光を放ちながら表面を垣間見せ、また足早に遠ざかって「東矩」を過ぎて、夕空に目立たなくなっていきます。ほぼ半年ほどのお目見えで、次の機会は一年と少し待たなければなりません。こうした悠長さは日常のスピードと懸け離れたものですが、もし、このような火星と共に過ごすと、一種の自然の不思議な摂理の中で生活することになるでしょう。

 

 2011/2012年の地球と火星の動きを示してみましょう。地球が内側を回って火星を追い越す様子がうかがえるでしょう。 最接近は201235(GMT)に起こります。

 

 地球の公転軌道の場合は、離心率が小さく、ほぼ円に近い軌道ですが、火星の離心率はやや大きく楕円軌道で、近日点距離は1.38AU、遠日点距離は1.67AUとかなりの差があります。火星の近日点の方向は地球が8月末に通過する方向ですので、この時期に「衝」となると、互いの接近距離が短い「大接近」となります。2003年の接近は、火星の近日点通過の前日が「衝」となる理想的な接近でした。実際、2003年には視直径が25秒角を越える有史以来の記録的「大接近」となったわけです。反対に、火星が遠日点近くにいるときの接近は距離があり、視直径もあまり大きくなりません。例えば、1995年や1997年はそのような小接近でした。今回の2012年の接近もまた「小接近」となります。左図(クリックして下さい)は最接近の時の位置関係を1995年から2012年まで示したものです。同時に1971年、1988年の大接近、更には廿世紀最大の接近であった1924年の場合と比較してあります(兩図ともCMO/OAA西田昭徳氏によるものです)。軌道の公転周期の比が有理数にならないために、全く同じという接近は殆どありません。

 

 

以下にジャン・ミーウス(フランス天文学会SAFの計算課、本人はベルギー人)による最近からこれから数年の最接近日に関する数値を挙げておきます。上の図と対照してください。接近毎の最大視直径の変化の意味が分かるでしょう。また、およそ15年ごとに同じ様な接近に還って行くこともみてください。15年、あるいは17年というのが火星について廻る周期であり、もっと、よりこまかには79年という周期も視野に入れておくといいでしょう。1971年、1988年の大接近とは15年ないし17年の隔たりですが、話題の多かった1924年と2003年の大接近の年差は79年なのです。

 

 

 日 付      接近距離     最大視直径

  (GMT)       AU  million km

2001 June 21   0.450 (67.34)    20.79"

2003 Aug 27    0.373 (55.76)    25.11

2005 Oct 30    0.464 (69.42)    20.17

2007 Dec 18    0.589 (88.17)    15.88

2010 Jan 27    0.664 (99.33)    14.10

2012 Mar 05    0.674(100.78)   13.89

2014 Apr 14    0.618 (92.39)    15.16

2016 May 30    0.503 (75.28)   18.60

2018 July 31    0.385 (57.59)    24.31

2020 Oct 06    0.415 (62.07)    22.56

 

      

 地球から見たとき、火星の大接近小接近にも特徴があります。地球の北半球では夏に「大接近」となりますが、黄道上を移動する火星の赤緯は低く、南中高度も低くなります。冬の接近の時には視直径は大きくならないかわり、北半球から見ると火星の視赤緯が高く南中高度が高いということになります。南半球では逆になり「大接近」の時には火星の南中高度は高いのですが、観測は冬になります。

 

ここで、上の火星の軌道の歪さの所爲で、如何に大接近と小接近が違うものか、HST像による例で比較して示しましょう。1995年は最大視直径が13.85"にしかならなかった小接近です。ほぼ同じ面を選んであります。

 

 

 

この比較図から、単に視直径の違いだけでなく、例えばマレ・アキダリウム、ウトピア、あるいは南半球のヘッラスの見え方が違っている(したがって、観測の精度が異なってくる)ことなども明らかですし、火星の見えている季節に違いがあることも明白でしょう。火星大気は極から極への循環構造をもっているために、大きい極冠は同時には存在しないのです。

 

これから暗示されるように、接近毎に観測できる火星の季節がずれていくことに注目するのも大事な点です。おおむね、大接近のとき観測できるのは、南半球の夏ですし、北半球の春から夏を観測するには小接近の時になります。したがって、火星の全季節を網羅するには15年の觀測が必要となり、大接近だけを狙うというのはまったく観測にならないのです。

 

 火星の季節についてもう少し説明しましょう。火星の自転軸も地球同様に傾いていて、季節の移り変わりが起こるわけです。ですから、夏もあれば冬もあるのです。火星の季節変化として良く知られている現象としては、火星の両極にある極冠が冬の間に大きくなり、夏に向かって融解して小さくなっていく姿が捉えられることです。極冠は水とドライアイスの薄く拡がった氷原ですが、その溶解とともに大気に水分をもたらしたり炭酸ガスの放出によって気圧を変化させたりし、火星の大気の循環にとって大切な役を演じます。極冠は季節の指標ですが、その溶解過程で、火星の現象としては大切な黄雲の発生や高い山にかかる白雲、或いは赤道帯に薄雲を帯状に発生させたりします。こうして大気中の現象が季節を目安に捉えられるわけです。ただし、予報可能の現象もあれば、未だ成因が分からず、解明が完全には出来ていない現象もあります。

 

 火星の季節を表す指標(λ)は暦表では、"Ls" (Areocentric Longitude of the Sun)と示され(“Areoというの火星のという意味。ギリシャ語の火星Aresから来ています)、火星から見た黄経に相当して、以下のような火星の季節を区切ります。

 

(λ)  火星の北半球 南半球

000°Ls   春分     秋分

090°Ls   夏至    冬至 

180°Ls   秋分    春分 

270°Ls   冬至    夏至

 

 火星の近日点通過は、λ=250°Lsの頃におきます。南半球の初夏の季節にあたります。自転軸の傾きの方向から、近日点通過頃には火星は大きく南半球を地球に向けて傾いています。したがって「大接近」のときには、南半球がこちらを向いていて、南極冠の縮小していく様子などが捉えられます。反対に遠日点通過の頃の「小接近」では北半球の高緯度の様子が、北極冠とともに見ることができます。ここではLsで刻まれるλが重要なパラメータであることを強調しておきます。なお、昔は「火星暦」と称して地球の日付けに相当する数値を表示したり使ったりしていましたが、これは火星が地球と類似であると考えていた時代の不合理な遺物で、『火星通信』では使ってはいません。季節は全てλを指標とします。

 

 以上述べてきたように、火星は地球との距離の変化が大きいこと、火星面には季節変化やそれに伴う現象の起きることが特徴で、毎回の接近が全て重要となります。

 

2.火星の観測の実際

 

 1) 継続観測の意義と「四十分インターバル観測」

 

 いま述べたように、火星はその軌道と地球との位置関係から、接近毎に季節の違う様子をみせます。次の図は、視直径の変化と季節(λ)を、グラフにしたものです。2003200520072009/20102011/2012年のものを重ねてみました。

 

 

 歴史的な大接近とされた2003年でもλ=285°Ls以降は2005年接近より小さくなってしまうことがわかります。2011/12年についても同じ事が云えます。このように、各接近を継続観測していかなければならないことがお分かりでしょう。何度も強調するように、およそ15年間で火星の全季節を良い条件で観測出来るわけです。

 

 

尚、今回は小接近ですが、小接近も毎回同じではありません。19951997年の接近との違いを次の下の図で示してみましょう。季節に少々の違いがあることが判るでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 近年の火星観測は火星の大気現象を捉えることが主眼となっています。大きなカタストロフィ現象としては、砂塵が舞い上がる黄雲の発生があります。低く地域的なもの、高く全球的に発展するものなどありますが、どの様な条件で発生するのかはまだ良く判っていません。

 季節変化としては、高い山にかかる山岳雲の発生も捉えられます。薄い大気中の水蒸気濃度と山岳の火星面緯度との関係が季節とともに様々な様子を示します。日変化としては朝方・夕方に朝靄・夕靄の発生が見られます。季節的な影響の他に地形的なものもあります。2011/2012年には北極冠の縮小と共に、山岳雲の観測が盛んに行われるでしょう。

 

 火星表面の濃淡模様は長い年月の間に変化するものもありますが、ほぼ原則的には固定されています。そのために、古くから主な模様に名称が付けられています。大気現象は濃淡模様を隠すことによって認知されるものが多いのですから、大気現象を観測するためにも、濃淡模様の変化を追跡し記憶することは大切なことで、地形や地名を熟知することもある意味では必要です。

 

 観測や研究においては対象が何であれ、比較ということが大事です。単なる形状の変化だけでなく時間軸に対してどのように形状や成分が変わってゆくか突き止めなければなりません。火星の場合の変化も重要な観測要素です。寧ろ変化を捉えた観測のみが有効な観測と言っていいでしょう。具体的に、変化を知るためには、数日間にわたり同じ火星面中央子午線経度(ω)を観測して並べて比較するという事が必要になってきます。観測前に暦表から計算して観測計画を立てることが大切ですが、簡単にできる方法として「四十分インターバル観測」の方法を紹介します。(GMTとはグリニッヂ平均時のことです。)

  

    

GMT

11:40

12:20

13:00

13:40

14:20

15:00

15:40

16:20

17:00

17:40

1 March

082W

092W

102W

111W

121W

131W

141W

150W

160W

170W

2 March

073W

083W

093W

103W

112W

122W

132W

142W

151W

161W

3 March

065W

074W

084W

094W

104W

113W

123W

133W

143W

152W

4 March

056W

066W

075W

085W

095W

105W

115W

124W

134W

146W

5 March

047W

057W

067W

077W

087W

096W

106W

116W

125W

135W

6 March

039W

048W

058W

068W

078W

088W

097W

107W

117W

127W

 

 

 

 上の表は2012年の衝・最接近時前後の日本から見た火星の中央子午線経度(ω: ω=xyz°Wの形で示します。Wは西経の意味です)40分ごとに示したものですが、表から判るように、連日、同時刻に40分間隔で観測を複数回行うと、翌日にはほぼ同じ火星面経度を40分後に観測出来るのです。一日の観測回数を多くするほど、比較する同経度の観測が増えていきます。

 この40分の「ずれ」は火星と地球の自転時間の違いによります。火星の自転時間(1.03)が地球より少し遅いために、翌日同時刻では、まだ昨日の火星面経度まで自転しておらず、10度ほど前日より東(夕方)の地域を観測することになります。この様に少しずつ観測出来る火星面が変わりながら、およそ40日後には一周りして同じ模様が見えるようになります。このときには火星の季節(λ)20度ほど進んでいます。但し、上の表からも分かるように、火星の運動は有理数的ではありませんから、必ずしも翌日40分で10度キッチリということはありません(上の表でも一日001°W程の違いが出ています)。したがって、比較の対象によっては、数日後には微調整が必要になります。また、毎日40分ごとに観測していれば万事OKなのではなく、同じωで観測するということが必要なのです。

 

この様に、日変化を追いながら観測を続けて、季節変化を追って行くのが火星の観測です。しかし地球上の同じ地点からでは、観測が一晩中可能な「衝」の頃でも、40分間隔で15(10時間)も好条件で観測することは難しいことで、最長でも火星面のおよそ1/3の経度幅(120°)を観測出来るにすぎません。このことから、地球上の緯度の違う海外の観測地での結果を総合的に参照しないと、当日の火星全体の様子を知ることができません。

 現在は電子メールやインターネットなどで、時間をかけずに情報の交換ができるようになっています。日本での観測はヨーロッパへ引き継がれ、アメリカへと繋がります。アメリカでの観測は日本へ繋がって来るというわけです。この様なネットワークが可能になっていることで、いままでになかった火星観測の新しい時代が始まっていると言えますし、ますます海外とのコミュニケーションが必要になってきているわけです。

 

四十分ごとの観測や連繋観測の意義については、実際の例として、18 October 2005 GMTに起こった事象と観測の実際を以下の文献のCMO 2005 Mars Note (7)で検証してください:

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn3/CMO324.pdf 

 

 

 

 2) 観測の実際

 

 火星観測に必要なデータは観測の前に暦表から、丁度上の表のように求めておくことが好いことです。当日の火星面のデータは暦表(このCMO-Webでも必要なデータは随時発表されます)から以下の数値を補間法により求めておきます。ただし、δ以外は小数点以下は四捨五入します(やたら細かな数値を並べるのは数字の意味を知らない輩です)

 

 ω:火星面中央経度、 φ:火星面中央緯度 

 

また、

 

 δ: 視直径、λ: Ls値、ι:位相角

 

等が最少必要です。ωはときどきCMと書かれることがありますが、正しくありません。ωCMの経度を表します。つまり強いて書くならωLCM (Longitude of the Central Meridian)です。λは上記したように「季節を表す」パラメータとしてきわめて重要なものですから、その数値の動きをよく認識していなくてはなりません。位相角ιは欠けの大きさを表すものですが、火星の正午noonの経度が中央子午線経度からどの程度離れているか判断するのに役に立ちます。つまり、模様の地方時をωから概略で求める際にも重要な働きをするわけです。以下の解説図で、正午noonの線はCM(中央子午線)からほぼ20数度ほど左側にありますが、ι22°ですから殆ど違わないのです(15°で一時間)

 

CMO-Webの暦表には、このほかに   Π : 自転軸北極方向角、D 視赤緯 (Apparent Declination)、が載せられています。

 

 Πの大文字)は、火星自転軸の北極方向を天の北極から東回り(反時計回り)に測った角度で、視野内の火星の進行方向から、火星の自転軸の南北方向を判断するのに有用です。また、画像を回転させて正しく南北方向を示すために必要な数値となります。

 

 Declination D は、薄明中の観測の時に火星を導入するのに有用です。正しく設置されている赤道儀であれば、肉眼で火星が確認できない場合でも、赤緯目盛環で数値に合わせて、赤経軸を回転させファインダーに火星を容易に捉えることができます。更に火星の高度を知るのにも役立ちます。

 

 "The Astronomical Almanac for the Year 2011 or 2012" 等の暦表には、Sub-Earth point, Sub-Solar Point などの項目もあります。それぞれ火星と地球、火星と太陽の中心を結ぶ直線が、火星表面と交わる地点の火星面経度、緯度です。

 Sub-Earth pointの、Longitudeω:火星面中央経度。Latitudeφ:火星面中央緯度のことですが、後者はDEと示されることがあります。地球と正対する火星面の地点で、見上げると地球が天頂に見えることとなります(Sub-Earthというのは地球から見下ろした地点に相当するからです)

火星上のSub-Solar Pointでは、太陽が南中して、天頂にあることになります。Longitudeは火星面の正午の火星面経度を示し、火星面地方時の目安となります。Latitudeは、火星のどちらの極を太陽が照らしているかを判断できます。これはDsと示されることがあります。P.A (Phase Angle)は、Sub-Solar Pointと火星面中央(Sub-Earth point)を結ぶ直線の天の北極からの方向角で、Q+180°が火星面の最大に欠けている方向になります。

 DEDsは、火星面の閃光現象の予測の目安となります。過去に閃光現象が観測されたときには、DEDs の値が同じになる時の付近で起きたことが多く、エドム、ソリス・ラクス周辺などで観測されています。しかし、一般にはDsは季節を表すパラメータですから、Lsに代用させます。というより、季節λを表すパラメータとしてはLsを第一義と考えるわけです。実際、λ=180°Lsλ=360°LsではDs=0°ですし、λ=270°Lsでは、Dsが最も深く26°S近くになるわけです。

 

 Almanacの、North PoleP.A が、(Π)です。

 

さて、一例として時間変化の大きい火星面中央子午線経度(ω)の計算について説明してみましょう。暦表から当日の値1)と翌日の値2)を読みます。このWebにも暦表はその都度与えられます。この両者は毎日の00hGMT(09hJST)の値が与えられていますが、場合によっては力学時(TDまたはTT)で与えられていますから、その場合は数値には微量ですが補正が必要です(2007年では、ω(GMT) = ω(TD)+0.26°)

 火星は24時間でおよそ351°の自転ですから、ωh=(360°- (|ω2 - ω1|))/24 が、1時間当たりの自転角度になります。およそ14.6°ほどの値ですが、日によって少しずつ違いますから、毎日計算が必要です。ω2 > ω1のときには、ω11+360°として計算します。

 

 観測時刻(H)では、分は時の小数として計算しておきます(例えば1530分は15.5)。観測時刻に於ける(ω)は以下の式から求まります。

 

 ω=ω1+H×ωh=ω1+H×((360 - (|ω2 - ω1|))/24)

 

値が、360°より大きくなるときには、360°を引いた値で示します。

以上、一度修得すると面倒ではありませんが、計算は慎重でなければなりません。なお、最近はいろいろなソフトが出ていて、時刻を与えると計算をしてくれますが、Almanacと正確に一致するものはほとんど無いようです。値は小数点以下は意味がありませんから四捨五入しますが、その為に±1°Wのずれが出ることがありますので、ご注意下さい。

 

 火星の自転軸の方向も暦表から判ります。火星の南極を上に向けて記録するのが一般的です。他に位相角ιが大きく欠けの目立つ時には、欠けている中心の方向角や欠けの幅も暦表から読みとれます。ただし、このことは実際に極冠や模様が見える段階では考慮しなくても大丈夫です。ここで位相角ιは、火星の正午の経度が中央子午線経度からどの程度離れているか判断するのに役に立ちます。

 

 使用する望遠鏡は、高倍率(300400)での使用に不都合のない中口径の望遠鏡が必要です。反射望遠鏡では中央遮蔽の少ないもの(副鏡が大きくないもの)が良像を期待できます。赤道儀式自動追尾ならば安定した火星像で観測できます。

 

 

  (a) 眼視観測

 

 眼視観測の基本はスケッチ観測です。火星面の見え方はシーイングに左右されますが、落ち着いたシーイングでの火星像には息を呑む透明感と色彩があります。自分の肉眼で感じているという感動は眼視観測の醍醐味です。

 

 『火星通信』が奨めている「四十分インターバル観測」では、20分間だけ望遠鏡のもとで観測して、残りの20分間で記録を残し、一回の観測を完成させるという時間配分です。二人でチームを組めば20分交代で観測を続け火星面経度5度毎の情報が取得できます。また、20分以上観測が伸びるような観測は体力的にも好くありません。20分以内に済ませるように訓練するわけです。

 

 用意するスケッチ用紙には、あらかじめ墨や製図用インクで円を書いておきます。円の大きさは、始めは直径3cmほどから始めて火星の視直径の変化に合わせて変えていくのがよいと思います。最接近の頃でも5cmで充分でしょう。幾種類かの濃度の違う鉛筆の用意も必要です。なめらかに描ける用紙と鉛筆の選択も大切です。鉛筆はFとかHが標準でしょうが、用紙の質によって選ばなければならないので、一概には言えません。

 

 暗闇での行動ですので、適当な明かりが必要です。目を刺激しない明るくない照明を工夫して下さい。観測時の体勢としては座って安定して接眼部をのぞき込める姿勢が大切です。立っての観測では安定性が失われますし、長時間の連続観測は難しくなります。

 

 火星面のスケッチ法について簡単に要約しましょう。始めの五分ほどは何が見えているかの確認で、火星像の南北方向などの見極めに充てます。次いで極冠が見えているときには、形状と大きさを判断してラフに描き込みます。地球の北半球からの観測の習慣でスケッチ用紙の上方向を火星の南極方向とします。他に顕著な暗色模様の位置を取って、観測時刻とします。およそ始めてから10分が目安ですが、こまかな分には拘らないようにしましょう。火星観測で数分を争う様な事象は起こりえませんから、10分刻みで充分です(つまり13:12GMT等というのは眼視観測では意味がありません。13:10GMT13:20GMTかにすべきでしょう)。残りの10分で火星面の細部を火星面が自転で隠れていく東側(南極を上として左側)から描き込んでいきます。スケッチの仕上げは観測が済んでから行います。

 

 視直径の大きい時期にシーイングが好いと細部を描写するのには時間が足りないこともありますが、その場合でも20分間で観測は終了させて次の観測に備えます。冬場などでシーイングが悪く千切れるような火星像の時にも、僅かの間シーイングが落ち着くときもありますので、20分は粘りましょう。つまり、どのようなシーイングでも20分間の観測時間を維持することが大事です。

 

  (b) 火星面撮影

 

撮像観測は最近では手頃に始められるために、多くの人たちが手がけています。しかし、いかなる観測であれ、観測の基本は上で述べたような比較検討による火星の季節変化の追求ですから、例えば40分毎観測の励行などを心がけねばならないことは同じです。また、技術的な問題だけでなく、火星面についての基本的な物理要素の把握とか火星面に関するこれまでの観測から得られている情報知識に通じるよう心がけなければなりません。   

 

撮像に関しては以前は銀塩フィルムによる撮影が主流でしたが、最近はビデオカメラ、冷却CCDカメラ、ウェッブカメラなど、デジタルデバイスの進歩に伴って変化してきました。特に2003年にはPhilips社のToUcam Proなどのウェッブカメラが爆発的に普及しました。それは、ウェッブカメラが廉価だったことと、パソコンへの取り込みとコンポジットなどの画像処理が簡単にできるようなソフトウエアが利用可能になったことなどが主な理由です。今後もこの方向は変わらないでしょうから、こうした機具を揃えることによって、撮像観測をすることも方法です。この点については、別の項目で詳述することを考えていますが、一般的な注意点を述べておきましょう。

   

 まず、感色性や画像処理に幾つかの問題がありますので、画像を適正に判断する能力をつけなければなりません。

 

 CCD素子は赤外域に高い感度を持っています。銀塩フィルムのテクニカルパン(TP2415)がそうであったように、暗色模様の描写には優れたものがあり、火星の模様は良く捉えることができます。しかし、前述したように、現在の火星観測は火星の大気現象の追跡が課題です。大気現象の追跡には火星大気に微量に含まれる水蒸気の振る舞いを捉えることが大切です。水蒸気は青色光によって捉えられますから、フィルターを使って単色光に分解しての観測が必要ですが、CCD素子は青色光の感度が低いのが問題、ということを押さえておかなければなりません。

一つの例として、ToUcamに使われているCCDチップ(ICX098BQ)の感度特性曲線は右のようになっています。Rの感度が左に伸びていることのほか、GBの領域に張り出していることも特徴です。問題はBがあまり短波長の方に伸びていないことです。

 

 そこで、1999年のHSTがもたらした何枚かの優れた像のうち、シュルティス・マイヨルの見える場面を波長に分けて並べてみましょう:

 

上の特性曲線と比較すると右の二枚はR(631nm)G(547nm)に対応しています。しかし、502nmはどちらの像と言ったらよいでしょう。私たちが「B=青色光」と呼んでいるのは、ここでは410nmで撮られた像を指します。ここには、いわゆる暗色模様は写っておらず、北極雲や白雲がクッキリとまた漂う弱い水蒸気が淡く表現されているのです。こうした像が必要なのです。502nm程度をもって、B光とは言えませんし、所謂ブルークリアリングについて云々するのは間違いです。なお、R光が白雲の描写に全く役に立たないことはよく分かるでしょう。

 

 現状では、冷却CCDカメラでフィルターによるRGB三色分解撮影を多数行って、良像を選んでコンポジットをし、RGB単色光画像を得るというのが良い方法といえるでしょう。その際、実際には、「青色光」を撮るのは、観測地の大気の透明度の問題などがあり、フィルターの選択などにも注意しなければなりません。ただ、安易なウェッブカメラの転用ではなく、改造された白黒ウェッブカメラの利用で三色分解撮影も試みたような優れて進んだ例も2003年には見られました。今後、こうした状況を把握しながら、大気活動の撮像観測の精度を上げなければなりません。

 

ウェッブカメラでは、短時間に多数の画像を取り込むことが可能になりました。個々の単画像の画質は決して良くないものの多数の画像をコンポジットする事によってゴーストは排除され、確かに存在する模様は選択されてきます。しかし、処方を誤るとまるで現実と関係のない雑音が実現したり強調されたりすることもあるわけです。これを避けるにはやはりこれまで得られた多くの画像を点検したり、実視で観測するという習慣を持つことが必要でしょう。同じように、カラー画像にするには三色合成をしますが、実際の色彩は肉眼で観測しなければ、色調の再現が適正かは判断できません。最近はLRGB法によって、L像が詳細を狙うという方法が採られますが、Lフィルターは濃淡をつけるだけですから、色彩の強調どころか、色彩を弱める働きをすることを忘れてはいけません。したがって、デジタル機材による撮像だけに終わらずに、ぜひ肉眼でも観測して感じた印象を画像処理の時に生かして、本物に近づいてほしいと思います。

 

最後に、再度強調したいことは、ccd像もスケッチと同じく観測と考えるべきですから、先に述べたような40分間隔による連続観測を敢行して、比較される像を作りあげることが大切ということです。そして何よりも粘り強く長く観測を続けることです。そうすることによって得られる像が意味をもってくるでしょう。

 

 

3.観測のまとめ

 

 スケッチや撮像観測したあとは、ノートをシッカリ取っておくことが大切です。世界各地に開陳されることが前提ですし、観測は比較が求められるのですから、観測時刻は日本時間ではいけません。グリニッヂ標準時(GMT)を用いるようにしましょう。GMTというのはグリニッヂへデータを持ち寄り集積したと考えて、グリニッヂにおいて他の観測と比較するという意味です。世界時というものが地球を支配しているわけではありません。日本はグリニッヂより9時間前方に離れているということですから、時刻から9時を引きます。日本の場合便利なところは夜中に日付が変わらず、混乱がないことです。

 

 ノート(Observing Noteといいます)には、GMTで勘定した年月日、観測時刻、上記の暦表からの数値の明記が大切です。視直径を除いては、小数点以下は切り捨てた数値で十分です。Lsなどやたら細かに小数点以下まで書く人がいますが、全くのノンセンスです。火星の季節はそんなに速やかではありません。他に、使用望遠鏡の口径や倍率などの情報を忘れずに書き入れておきます。撮像の場合は撮像装置や使用フィルターなどの情報も不可欠です。

 

最後に、観測に慣れるにしたがって、観測内容も豊富になるでしょうが、Observing Noteの本領として、観測した火星面の状況を出来るだけ細かく書いておくことが必要です。極冠の様子や、朝方夕方の様子、暗色模様については地名を使いながら、濃度や様子を書き記すことが必要です。スケッチの場合、ノートに直接書かず、メモ用紙に書き込んで、20分間観測の後に清書するという観測者も居ます。観測用紙、観測帖も含めて、どういう風に選ぶかは観測者の自由です。自ずと自分に合った様式や方法を見つけて行くとよいでしょう。

 


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