CMO/ISMO 2022/23 観測レポート#08
2022年九月の火星観測報告
(λ=296°Ls ~λ=314°Ls)
村上 昌己・西田 昭徳
CMO
#520 (
♂・・・・・・ 『火星通信』に報告のあった九月中の画像より今期八回目のレポートを纏める。九月には、日本では台風の接近がたびたびあり報告は少なかった。関東では北東気流型の曇天が下旬まで続いて、天候が回復傾向になったのは月末のことであった。火星の赤緯が上がって、熊森氏の所では上の階のベランダに懸かるようになって観測時間が短くなってきているという。
下旬には、ダストイベントの発生があり、セブ島に観測所を構えた阿久津氏より画像の入信があったのは心強いことであった。まだサブ望遠鏡による観測だが惑星のルーチン撮影を開始している。
アメリカ大陸側では、ウィルソン(TWl)氏とゴルチンスキー(PGc)氏が順調に報告を送ってくれて様子がつかめるが、ヨーロッパからの報告は少なく、火星の高度の低い南半球からの報告も入っていない。
九月に火星は「おうし座」で、ヒアデス星団の北を通過しておうしの角の間を順行を続けた。視赤緯は20゚Nを上まわって、夜半前には東の空に昇り、すぐに高度が上がり観測時間も長く取れるようになった。
この期間の火星は、季節(λ) はλ=296°Lsから314°Lsまで進んだ、予想されていたダストイベントが前接近と同様な季節に同じ領域で発生したのは興味深いことである。似たような前駆現象も観測されていて観測報告の項で取り上げる。視直径(δ)は九月上旬に10秒角を越して、月末にはδ=11.9”にまで大きくなった。傾き(φ)はφ=06°Sから、月末には01°Sと小さくなって、ほとんど正面を向いている。位相角(ι)は45°台から41°台になったが、まだ夕方の北半球側が大きく欠けている。
火星は九月になって、視直径(δ)が10秒角に達した。下旬になって前回接近とほぼ同時期(λ=309°Ls)に、ダストイベントが発生したが、前回のδ=18”台に比べてδ=11”台では、まだ十分な大きさでなくイベント初期の詳細は捉えるのが難しかった。
(黄色くマークしたところが、2022年9月の範囲)
同じような季節の前回2020年接近時の様子は、以下のURLから参照できる。
CMO #500 (
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/500/2020repo_11.htm
CMO #501 (
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/501/2020repo_12.htm
CMO #502 (
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/502/2020repo_13.htm
♂・・・・・・ 九月の火星面の様子
この期間、日本からの観測はふるわなかったが、上旬にはアメリカ側の観測でアルシアの夕雲が捉えられている。中旬にはマレ・アキダリウムがアメリカ側に廻って、北極雲にドーズのスリットが観測されている。ウィルソン(TWl)氏は、北極からの寒冷前線の雲が南へ移動しているとして、13日からの連日の画像を動画にして発表していて、後方にはダストも見られるとしている。この記事は下記のSpaceWeatherのURLから辿れる。下旬になって発生したダストイベントの前駆現象のようにも思える。23日には我が国の正面でのダストイベントの発生があり、以後は、日本の天気も回復傾向になって、観測数も増えて、連日のダストの様子が捉らえれている。
https://www.spaceweather.com/archive.php?day=17&month=09&year=2022&view=view
○ 夕縁のアルシア雲などの様子
アルシア・モンス(Arsia Mons)に懸かる夕方の山岳雲は、λ=270°Ls過ぎから第二の活動が始まるとされている。ピークは、λ=300°Ls過ぎとなる。少し視直径が大きくなってきて八月末からはアメリカ側の観測で捉えられているので、ご覧いただく。十月1日にはウイルソン(TWl)氏が、3日にはゴルチンスキー(PGc)氏が追跡観測に成功している。夕方には東側のシュリァ(Syria Planum)・シナイ(Sinai Planum)などの高原(Planum)にも懸かり、午後の早い時刻からの発達の様子が記録されている。
別の夕縁での現象として、19日には、ゴルチンスキー氏が、夕縁近くのマレ・チュレッナム(M Tyrrhenam) に、小さな光斑を撮影している。
B光でも明るく、アルシア雲などと同じような高地に懸かる夕方の雲のようである。
この明班は、21日のメリッロ(FMl)氏のカラーカムの画像にも捉えられている。
右の図が、WinJuposで明班の位置の測定をした画像である。 明班の中心は、概略(274°W, 15°S)と読み取れる。アルシア・モンスの緯度(09°S)とそれほど違わず、同様の現象ではないかと思われる。
この位置をMOLAの高低が色分けされた図にあてはめてみたのが下の図になる。特別に高い場所ではないが、周囲に比べて高い場所であることが判る。
アルシア・モンスの夕方の山岳雲に関しては下記の記述が参考となる。
* 「2005年のアルシア夕雲」
“The Arsia Evening Cloud in 2005”
[CMO 2005 Mars Note (4)] CMO #321 (
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn3/CMO321.pdf (p0417-)
○ ダストイベントの発生
9月24日午前に沖縄の比嘉保信(Hg)氏から電話で連絡があり、「昨夜半過ぎ(23Sept. GMT)のvideo撮影で、火星面に際立って明るい箇所があったが、黄雲発生の情報があるか」との問い合わせがあった。自分の観測もなく、天候も優れず報告画像もなかったために、詳細は不明の旨を答えて、『火星通信』同人のメーリングリストに詳報を流して確認観測を依頼した。
下の画像が発生観測時の画像になる。十月3日に送られてきたアナログダビング動画からのスナップ画像で、鮮明さには欠けるが、画像中央部に明るいところが写っている。
WinJuposの同時刻のシミュレーション画像を並べて、場所の同定を試みると、マルガリティフェル・シヌス(Margaritifer S)とアウロラエ・シヌス(Aurorae S)の中間に明るさのコアがあるようであった。これは比嘉氏の連絡してきた場所と一致している。撮影機材は4Kビデオカメラで、モニター上ではもっとはっきり見えていたものと思われる。
その後はわが国の天気は回復傾向になり、各地からの画像も入信するようになった。日を追って画像を並べてみた。
24 September (λ=310°Ls) +1 day
エオス(Eos)のコアは薄れてマリネリス渓谷(Valles Marineris)が、溜まったダストで明るく見えている。一部は南に延びてアルギュレ(Argyre)にも明るさが拡がり始めている。クサンテ(Xanthe)からアウロラエ・シヌス(Aurorae S)にかけては明るさのコアがある。
25 September (λ=310°Ls) +2 day
この日にはアラム(Aram)に共鳴黄塵が立って明るくなっている。アルギュレにも拡がってソリス・ラクス(Solis L)の南にも流れ込み、南極方向にも拡がり始めている。クサンテのコアは薄れて、ユウェンタエ・フォンス(Juventae Fons)付近に小さな光斑が見えている。アウロラエ・シヌスはやや復活している。
26 September (λ=311°Ls) +3 day
この日からは、セブの阿久津(Ak)氏からの画像が入り始めて、日本より少し西側の撮影画像が得られるようになった。画像に見られる様に、ソリス・ラクスの東側にダストストームが発生して極めて明るく見えて、二条になって西側に拡がっているのが捉えられている。アルギュレから西側に延びるダストの様子もよく判る。東側には浮遊ダストが大きく拡がり、クリュセから東は南側のマレ・エリュトゥラエウム(M Erythraeum)や、マルガリティフル・シヌス(Margaritifer S)を含めて暗色模様は淡化して見え難くなっている。マレ・アキダリウム(M Acidalium)は北極雲に覆われながらもまだ見えているが、ニロケラス(Nilokeras)の二本爪は一部ダストが懸かっているように見える。
28 September (λ=312°Ls) +5 day
一日飛んでしまうが、28日にも阿久津(Ak)氏からの画像があり、ダストのベールは南極方向に拡がっていっている。マレ・エリュツラエウム辺りは少し戻っているように見える。27日のソリス東のダストバーストの位置はまだ明るく残っている。夕方側は大きくダストが懸かり不鮮明になっているが、アメリカ側の観測はまだヘッラス(Hellas)が朝縁に見える経度までで、東側の大きな異常は捉えられていない。西側もヨーロッパ側の観測が入らず様子がつかめない。マレ・アキダリウム北部には北極雲にドーズのスリットが見えている。
29 September (λ=313°Ls) +6 day
この日には、熊森(Km)氏の観測があり、マレ・アキダリウム以東の様子が捉えられた。タストはノアキス(Noachis)からマレ・セルペンティス(M Serpentis)に拡がってシヌス・サバエウス(S Sabaeus)の付け根を隠して北側へ拡がっている。 シヌス・メリディアニ(S Meridiani)もダストに覆われて淡くなっている。オクシア・パルス(Oxia Pauls)は見えているが、マルガリティフェル・シヌス(Margaritifer S)からクリュセ(Chryse)にかけては小さな明部が点在して暗色模様を隠している。以西にはマレ・アキダリウムを含めて暗色模様が感じられるようになっている。南極方向に拡がったダストベールの端に線状の暗部が写っている。ヘッレスポンツス(Hellespontus)の暗帯の一部のようである。
30 September (λ=313°Ls) +7 day
この日には石橋(Is)氏がダストの東側の様子を確認するために早い時間からの撮影を敢行した。高度がまだ低く詳細は捉えられていないが、後刻から開始の熊森(Km)氏の画像と並べてご覧いただく。
東側はアウソニア(Ausonia)の北部まで達しているようで、マレ・チュレッナム(M Tyrrhenam)やシュルチス・マイヨル(Syrtis Mj)は濃度がまだあるが、ヘッラスの北部にもダストが懸かっているようである。明るいコアはマレ・セルペンティス(M Serpentis)から南のノアキスに伸びている。シヌス・サバエウス(S Sabaeus)の付け根は濃度が戻ったが、 途中からシヌス・メリディアニ(S Meridiani)まではダストに覆われて不鮮明である。南極方面を見ると、ヘッレスポンツスより以西にはダストが南極地まで拡がっているようである。
遅れて入信した、ザビエル・デュポン(XDp)氏のR画像には、ソリス辺りに光斑が写っている。西側のダエダリア(Daedalia)方面も、暗色模様がダストで覆われているようで淡く感じられる。
1 October (λ=314°Ls) +8 day
翌日、十月1日の阿久津氏の画像では、ダストイベント発生域が写っている。大きな暗色模様はやや認められるようになっているが、あちこちにダストの濃いところが明るく点在している。シヌス・メリディアニ辺りも少し濃度が戻っているようである。アルギュレ辺りから南極にかけてはダストの拡がりが明るく見えている。ノアキスにも明るさが拡がり、北極雲も大きく拡がっている。
ファサードでも触れているが、此の310°Ls過ぎの北半球起源のダストイベントは、季節的な現象のようで、古い『火星通信』を眺めても、1988, 1990, 2003, 2005,
2019, 2020年などで活動が報告されていて、次号であらためて取り上げようと思う。以下の文献を参考資料として挙げておく。
北極域の重要觀測期間(ドーズの1864年の觀測に寄せて)Forthcoming 2005 Mars
(9) CMO#305
"Watch
the
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn2/2005Coming_9j.htm
○ 北極雲の様子
次に前述の北極雲の動画になった元画像を取り上げる。この活動は翌日も続いたようで、マレ・アキダリウムに懸かる北極雲にドーズのスリットの感じられる画像になっている。
下旬になって、ダストイベントが始まってからもマレ・アキダリウムに懸かる北極雲の活動が、わが国の観測から捉えられている。B光の画像では形状や濃度が表現されている。
中央経度順に並べてみて、他の領域様子も見てみる。全周的に北縁に北極雲は認められるが、中央緯度の傾き(φ)がまだ南向きに浅く北極域の深くは見えていない。シュルティス・マイヨル(Syrtis Mj) 北方のウトピア(Utopia) 付近に懸かっている北極雲が明るく認められる。
○ 南極冠の最終段階
λ=300°Lsを越えて南極冠は極小期になり、残留極冠はまだ残っている期間だが、今年は傾きが正面になって、南極域の俯瞰が難しい。前接近との比較画像を作ってみた。
九月中旬までは南縁に認められるときがあったが、下旬に起きたダストイベントの後は、ダストの拡がりが南極に達していて、南極冠の明るさははっきり認められなくなっている。今回接近の最終時期の見極めは難しくなった様に考えられる。
♂・・・・・・ 九月の観測報告
九月の観測報告は、日本からの観測は中旬までは天候不順で少なくなかったが、下旬になってダストイベントの発生もあって増加している。セブ島に渡った阿久津氏がルーチン観測を開始して画像が入信するようになった。アメリカ大陸側からはメリッロ(FMl)氏、ゴルチンスキー(PGc)氏、ウイルソン(TWl)氏からの入信は順調だが、モラレス(EMr)氏からの画像が途絶えてしまった。ハリケーンによる影響があったのではとも思われる。ヨーロッパ側からも、スゥエーデンのワレッル(JWr)氏、フランスのデュポン(XDp)氏からの報告が入っている。南半球からの報告はまだ無い。
九月には9人から合計66観測の報告があった。それぞれの画像は以下のリストのリンクから辿れる。
阿久津 富夫 (Ak) セブ、フィリピン
AKUTSU, Tomio (Ak)
2 Sets of RGB + 1 Colour* + 1 IR
Images (26, 28 Septmber 2022)
36cm SCT with Neptune C-II colour CMOS camera
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmons/2022/index_Ak.html
ザビエル・デュポン (XDp) サン・ロック、フランス
DUPONT, Xavier (XDp) Saint-Roch, FRANCE
3 RGB Colour
+ 2 R + 1 B Images (10, 18, 22,
35cm Dall-Kirkham with an ASI 290MM
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmons/2022/index_XDp.html
ペーター・ゴルチンスキー (PGc) コネチカット、アメリカ合衆国
GORCZYNSKI, Peter (PGc)
14 Sets of RGB + 2
IR images (1~3, 8, 9, 15~17, 19,
36cm SCT with an ASI 290MM
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmons/2022/index_PGc.html
比嘉 保信 (Hg) 那覇市、沖縄県
HIGA, Yasunobu (Hg)
2 Colour images (23,
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmons/2022/index_Hg.html
石橋 力 (Is) 相模原市、神奈川県
ISHIBASHI, Tsutomu (Is)
7 Colour + 3 B
+ 2 IR Images (24~26,
31cm Newtonian (F/6.4) with an ASI 462MC
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmons/2022/index_Is.html
熊森 照明 (Km) 堺市、大阪府
KUMAMORI, Teruaki (Km)
13 LRGB Colour
+ 9 B + 9 IR Images (11, 24, 25, 29,
36cm SCT @ f/38 with an ASI 290MM & ASI 662MC
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmons/2022/index_Km.html
フランク・メリッロ (FMl) ニューヨーク、アメリカ合衆国
MELILLO, Frank J (FMl) Holtsville, NY, the
6 Colour
Images (2, 10, 16, 21, 24,
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmons/2022/index_FMl.html
ヨハン・ワレッル (JWr) スキヴァルプ、スウェーデン
WARELL, Johan (JWr) Lindby,
1 Colour
+ 1 IR Images (
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmons/2022/index_JWr.html
ティム・ウイルソン (TWl) モンタナ、アメリカ合衆国
17 RGB Sets + 5 B + 17 IR Images (1,
7~9 , 13~16, 21, 26~
36cm SCT with an ASI290MM
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmons/2022/index_TWl.html
♂・・・・・・ 十一月の観測ポイント
十一月には、火星は「おうし座」の角の間を逆行して接近期に入ってくる。視直径(δ)も、δ=15.1”から月末には17.2”と日に日に大きくなって、位相角(ι)も29°から07°と減少して、欠けも小さくなって行く。季節(λ)は、λ=331°Lsから347°Lsと南半球の秋分に近づいて行く、十月の下旬のλ=326°Lsには前接近の視直径を上回って
δ=14”を越えていて、これからは大きな視直径で新しい季節が観測出来るようになる。
下図には、十一月中の位相や視直径の変化を図示する。自転軸の北極方向角はまだ大きく、極冠が見え難くなっているときの位置取りは難しい。火星の進行方向(p)から自転軸の方向を見極めることが大切である。
今接近でも、九月下旬(λ=309°Ls)にクリュセ(Chryse)からエオス(Eos)付近でダストイベントが発生した。十月上旬でもまだ南半球にダストは拡がって暗色模様は見え難くなっている。
傾きは南側に戻っていくが、南極冠を捉えるのは難しいだろう。北極雲の活動はマレ・アキダリウム付近で今後も続くと思われる。ウトピア付近での活動の様子も逃さないようにしたい。
視直径が大きい前接近の同時期の様子は、以下のリンクから参照できる。
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/503/2020repo_14.htm CMO
#503 (10 January 2021), λ=324° ~λ=341°Ls
https://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/504/2020repo_15.htm CMO
#504 (10 February 2021), λ=341° ~λ=357°Ls