Forthcoming 2016 Mars (#02)

2016年の火星接近状況 (1)

村上 昌己

CMO/ISMO #439 (25 October 2015)


English


概況

 

 2016年五月には火星は最大視直径δ=18.6"に達する中接近となる。視直径がここまで大きくなるのは2005年十一月の接近以来である。前回2014年接近の最大視直径δ=15.1"を上回る期間は四月下旬から六月上旬までの約80日間に及び、大きな火星を堪能することが出来る。

 


2016年接近と前後の接近の視直径の変化

 

 2015年十一月には視直径も4秒角を越えて太陽との離角も増して、朝方の「おとめ座」で金星・木星と並んでいる。明るさはまだ1.5等級台と目立たないものの、三惑星の会合は11月末まで続く。ここでは来年の接近の様子を概観する。火星の2016年度の各現象の日時は下記の通りである。

 


 


 

 2016年年初にはまだ「おとめ座」にあり、北半球では夜半過ぎには昇り、日の出時には南中するようになっている。1 Jan (δ=5.6", λ=089°Ls, φ=20°N)では、北半球の夏至(λ=090°Ls)直前の季節で、傾きは北向きに大きな事もあり小さな残留北極冠が捉えられるであろう。

 二月になると「てんびん座」を順行して下旬には22 Feb (δ=8.1", λ=112°Ls, φ=11°N)と視直径は8秒角を上回り眼視観測にも十分な大きさとなる。傾きは北向きだが南半球には明るいヘッラスが捉えられる。四月にかけて「さそり座」と「へびつかい座」の境へ進み「留」を迎えて逆行に移り接近してくる。今接近では「てんびん座」「さそり座」「へびつかい座」の境界でS字を描いての星座間の移動となる。

 


 

 五月はじめには1 May (δ=16.1", λ=146°Ls, φ=7°N)と視直径は16秒角をこえて、21時過ぎには昇ってくるようになり夜半過ぎに南中する。下旬には對衝(22 May: δ=18.4", λ=157°Ls, φ=10°N)となり月末には最接近 (30 May : 0.503 AU: δ=18.6", λ=161°Ls, φ=12°N) する。六月には逆行を続けて「てんびん座」にもどり、月末には「留」となり以後は順行となる。七月のはじめには1 July (δ=16.3", λ=178°Ls, φ=15°N)となり、上旬には火星の季節は南半球の春分(λ=180°Ls)をすぎる。日本では七月の末には、日没時には南中をしているようになり夜半には沈んでしまう。

 


 

 八月はじめには再度「さそり座」へ入る。1 Aug (δ=13.0", λ=196°Ls, φ=13°N)と一回り小さくなっている。アンタレスとの接近はAug 24のことで、1.8°北を通過する。翌日には土星と「合」になり、4°南を通過する。九月になると「へびつかい座」の南部に入り赤緯も25°Sと南に下がり、北半球の観測者からは南中高度が低く不利になっていく。最南になるのは24 Sept (δ=9.1", λ=229°Ls, φ=0.1°N)のことで赤緯は 25°54.5Sに達する。

 その後も赤緯の低い「いて座」を進み、視直径が8秒角を下回るのが19 Oct (δ=8.0", λ=244°Ls, φ=8°S)の事である。十一月上旬に「やぎ座」、十二月中旬に「みずがめ座」とすすんで遠ざかって行く。十一月末には南半球の夏至(λ=270°Ls)に達する。年末31 Decには δ=5.7", λ=291°Ls, φ=25°Sとなっている。

 

 今回の接近では、北半球の夏至(λ=090°Ls)過ぎから冬至(λ=270°Ls)前までが観測に適した期間で、北半球の秋分(λ=180°Ls)前から直後までの季節が大きな視直径の期間にあたる。

 視直径が8秒角以上15秒角以上の期間は、それぞれ次のようになっている。

   22 Feb  (δ=8.1", λ=112°Ls, φ=11°N)19 Oct (δ=8.0", λ=244°Ls, φ=8°S)  約八ヶ月 

   23 Apr (δ=15.1", λ=142°Ls, φ=6°N)13 July (δ=15.0", λ=185°Ls, φ=15°N) 約二ヶ月半

 

 λ=180°Ls以前に對衝が訪れるときには、接近時には北に傾いていて、なかなか南極地の様子を捉えることが難しい。同様な接近の中央緯度変化をグラフにしてみた。視直径が4秒角以上の期間を示している。

 


 

 それぞれの對衝の日付はメーウスの接近表に拠れば、以下の様になっている。

1954 (24 June: λ=187°Ls)

1969 (31 May: λ=165°Ls)

1986 (10 July: λ=202°Ls)

2001 (13 June : λ=177°Ls) 

2016 (22 May: λ=156°Ls)

今回の接近は79年回帰の1937年の接近 (對衝: May 19, λ=153°Ls)に類似していると思われる。

 

 

 

観測目標 

 

1) 南極周辺の様子: 南極冠は南半球の冬至(λ=090°Ls)ころに最大になり、春分(λ=180°Ls)ころには南極雲が晴れて南極冠が出現して縮小して行く状況が見られるが、今接近では火星面は北向きに傾いている期間が長く南極冠およびその周邊の観測は難しいだろう。λ=150°Ls (9 May 2016, δ=17")過ぎには南極冠の雪線は45°S付近にあり、傾きφ8°Nになっていてまだ南極は見えていないが、南縁には南極冠が捉えられると思われる。

φλ=230°Ls過ぎからは南を向くようになり、南極が見えるようになるが視直径は10秒角を切ってしまう。ノウォス・モンス(ミッチェル山)の南極冠との分離はλ=260°Ls(12 Nov)におきる。傾きは南向きに大きくなっているが、16Novδ=7.0", λ=262°Ls, φ=16°S, ι=43°と視直径が7秒角を切るようになっている。

 

2) 南半球黄雲発生の季節: 南半球の春分(λ=180°Ls)を過ぎには、南半球では黄雲の季節を迎える、前回の2001年の接近では、對衝(λ=177°Ls)のあと、λ=183°Lsでヘスペリアからヘッラスにかけて黄雲が発生して全球的に拡がり大黄雲となった。

これまで過去の観測では、λ=183°Ls, 205°Ls, 224°Ls, 250°Ls, 260°Ls, 270°Ls, 300°Ls ・・・ 等々に南半球黄雲の発生が見られ、今接近でも視直径の大きな期間にあたり十分な監視が必要である。発生時にはωを揃えた40分インターバル連日観測が必要であることは言うまでもない。

 

3) 北極冠と周辺の様子 北極冠内の黄塵の発生時期は視直径の小さい期間で検出は難しいと思われるが、λ=100°Ls過ぎの残留北極冠と周辺に融け残るオリュムピア雪原などの様子は捉えることができる。周辺におきる黄塵の検出も重要になる。マレ・アキダリウムやウトピア付近に朝方から見られる低気圧性の渦雲の活動も、この期間λ=120°Ls145°Ls頃におきる。

 

4) 高山の山岳雲の様子 北半球の春分(λ=000°Ls)頃から活動が始まる午後の山岳雲は、λ=100°Ls頃に活動のピークとなるが、λ=200°Ls頃には弱まってしまう。オリュムプス・モンス、タルシス三山、アルバ・パテラ、エリュシウム・モンスなど、夕方のターミネーターが見える對衝(λ=157°Ls)前が観測の好機である。タルシス三山のうちアルシア・モンスは南半球にあり活動期がλ=200°Ls過ぎも継続するのが知られている。バヴォニス・モンスも第二のピークがλ=200°Ls頃にある。前回2001年の接近期にはλ=183°Lsで黄雲が発生して水蒸氣起源の季節が狂って観測出来なかったが、今期はその様子を窺うことが出来るチャンスがある。アルバ・パテラも活動のピークは二回あり、それぞれλ=060°Lsλ=140°Lsころである。

 

5) 赤道帯霧の消滅 λ=070°Lsころに活動的だった赤道帯霧も夏至(λ=090°Ls)を過ぎると弱まって薄くなっていく、朝方に見られた低い朝靄の上に飛び出した山頂の暗点も見えなくなる。いつ頃終焉するかの見極めが今接近の観測範囲内にある。

 

6) ヘッラスの様子今接近では傾きが大きく南半球高緯度の観察には不利だが、ヘッラスは朝方から夕方まで降霜で明るい様子が捉えられる。λ=070°Lsころが明るさのピークで、λ=160°Ls頃にかけて霜が取れてだんだん明るさを落としていくのが観察できる。周辺で発生する黄塵にも注意が必要となる。

 

7) クリュセあたりの局所黄塵 北半球の秋分以後のλ=200°Ls230°Ls頃に観測されている。北半球起源のものもあるとされ、今期も後半に観測期がある。

 

8) ターミネータからの飛び出し 今接近は視直径が大きくなったこともあり、飛び出し現象の確認には有利になっている。對衝のあとで、南半球のエリダニア付近が朝方のターミネータに来ているときが検出の一つのチャンスになる。太陽活動との関連も指摘されているが、太陽活動は下降期に入っている。

 

9) ピカリ現象の可能性2001年には、アメリカでドッピンズ氏とシーハン氏の予想が的中して、エドム岬あたりでの発光現象が観測された。1954年に佐伯恒夫氏がエドム岬で発光現象を見ているのを下敷きにしている。条件として火星の太陽直下点緯度(Ds)と地球直下点緯度(DE)が一致するときが、太陽光反射の可能性が高いとされている。他にもソリス・ラクス付近での現象も確認されている。

 

今回接近での状況をAlmanac2016で調べるとDE=Dsとなるのは、

May    DE       Ds               Dec    DE      Ds  

 20   10.09°N   10.38°N             24   24.30°S   24.40°S

 21   10.29°N   10.17°N             25   24.44°S   24.32°S

 δ=18.3"                          δ=5.9"             

と、二回おきることが判った。

 20 May でのチャンスが對衝に近く視直径(δ)も大きな時で、日本では15hGMT頃に南中して好条件となる。当日の火星面中央経度(ω)11hGMT ω=356°W15hGMT ω=055°W17hGMT ω=084°Wと、見える範囲もエドム岬からソリス・ラクス付近をカバーしていて条件が良い。但し、上の表は20 May 00:00GMT21 May 00:00GMTの間に一致が起こるということだけで、一致がうまく日本時間の夜にはいるか、また、1954年、2001に見られた「ずれ」も顧慮しなければならないので、詳しいことは追って報告する。

 

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参考  

 

2013/14年接近の観測ポイントを示したもので、今接近の前半に相当する。

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/413/2013_14_FC_01.htm

 

2001年の接近時の観測ポイントも大いに参考としてほしい。

2001年の火星(1)

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/coming2001/0101/01j.html

 

2001年の火星(3)  2001年と1954年、1969年、1986年の火星

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/coming2001/0103/03j.html

 

2001年の火星(6) 南極冠の生成と北半球の夏

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/coming2001/0106/06j.html

 

2001年の火星(7) 南極冠は何時偏芯するか

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/01Coming07j.htm

 

2001年の火星(10) 火星面がピカるとき

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/coming2001/0110/10j.html

 

 

 

以下には、前回2013/14年接近のCMO Note を中心に参考文献をとりあげておく。

それぞれにリンクがあり、以前の観測に繋がっている。

 

南極域

秋冬の南極冠

  http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/CMO353.pdf (Ser2-p1021)

 

 

2001年南半球黄雲

2001年観測ノート、インデックスページ

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/01NoteIndex.htm

 

 

北極域

ウトピアの盛夏の白雲活動  (ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/437/ISMO_Note_2014_10.htm

 

火星北半球の夏期の雲を伴う前線活動:活動の分析  (ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/432/ISMO_Note_2014_05.htm

 

ω=170°Wω=180°Wの窓から見た λ=054°Ls (2012)λ=141°Ls (2014)に観測された北極冠形状の推移

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/431/ISMO_Note_2014_04.htm

 

火星北半球の夏の雲を伴う前線活動:概説  (ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/428/ISMO_Note_2014_01.htm

 

火星北半球の夏期の雲を伴う前線活動:2014年の観測から(ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/429/ISMO_Note_2014_02.htm

 

1999年のバルチアのサイクロンは2014年に再現するか?

  http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/416/Mn_416.htm

 

北半球初夏のプレ北極域渦状白雲 λ=110°140°Ls (ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/412/ISMO_Note_2011_15.htm

 

λ=042°Ls邊りからλ=093°Ls頃までの北極冠附近の様子

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/403/ISMO_Note_2011_05.htm

 

 

山岳雲

2014年でのエリュシウム・モンス雲の動向

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/434/ISMO_Note_2014_07.htm

 

オリュムプス・モンス、タルシス山系の白雲の動向

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/433/ISMO_Note_2014_06.htm

 

2011/2012年のアスクラエウス雲

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/408/ISMO_Note_2011_10.htm

 

北半球の晩春のエリュシウム山岳雲の傾向(ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/407/ISMO_Note_2011_09.htm

 

北半球の晩春のタルシス山岳雲の傾向(ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/406/ISMO_Note_2011_08.htm

 

 

赤道帯霧

2014年火星観測期における遠日点期赤道帯霧 (ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/436/ISMO_Note_2014_09.htm

 

タルシス高地内の明るい朝方の放射霧(ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/405/ISMO_Note_2011_07.htm

 

2012年火星観測期における遠日点期赤道帯霧(ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/401/ISMO_Note_2011_03.htm

 

 

ヘッラス

2014年の冬期のヘッラス (ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/435/ISMO_Note_2014_08.htm

 

Maurice VALIMBERTIが観測したヘッラス外縁の黄塵活動-2014827(λ=186°Ls)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/430/ISMO_Note_2014_03.htm

 

ヘッラス盆地の冬の様相 (ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/410/ISMO_Note_2011_13.htm

 

冬至あたりに見られるヘッラス逸流白雲 (ペリエ氏記事)

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/409/ISMO_Note_2011_11.htm

 

顕著期から衰退期に掛けてのヘッラスの動向

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/97Note05j.htm

 

 

クリュセあたりの局所黄塵

北の秋分以後のクサンテからルナエ・ラクス近傍での擾亂

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/438/ISMO_Note_2014_11.htm

 

 

ターミネータからの飛び出し

2012年の朝方凸現象を2003年のそれと比較する

 http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/400/ISMO_Note_2011_02.htm

 


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